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2030年までに、「課題先進国」の解決モデルをつくる
キーワードは、日本人が強みとする「共感力」

 

Future Society 22

 

聞き手:柴沼俊一、瀬川明秀

NPO業界第一人者。日本ファンドレイジング協会理事で、株式会社ファンドレックス代表も務める鵜尾雅隆さんが、これからの社会を牽引する新しい価値について語ります。世界の先進国がやがて抱えるであろう社会的課題に、いちはやく直面しているのが「課題先進国ニッポン」。2030年までにNPOだからできる社会解決策を創っていきたいと言う鵜尾さんが見ている「未来」とは。

──ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『ホモサピエンス全史』読みました。あの本で物理、化学的な法則以外、この社会はすべて人の“妄想”でできあがった、との指摘がありました。であれば、僕らは今どんな“妄想”を抱くか。その妄想が将来どんな社会につながっていくのか。そろそろこんな話をしたいなと思っているんです。

鵜尾:未来の話って社会文化論的なところがあり、どうしても国の地域、文化を抜きにして語ることが難しいんですよね。ただ、いろんな文化・価値観が衝突するからこそ気が付くことがあるし、異なるものを取り入れて、融合させることも欠かせません。日本には日本なりの価値観があるし、未来があることを、積極的に発信してほしいです。

──はい。それで今日は、日本の未来をテーマに話をしていきたいのですが、まず、鵜尾さんが気になっていることって何ですか?

鵜尾:日本って気がつくと、世界で最先端を走る「課題先進国」になりました。工業先進国だったのに、少子高齢化社会を迎え、価値を生み出すよりもコストだけが増える社会になってしまった。1980年代までは世界中が「真似したい」とこぞって参考にした「官民一体の経済成長モデル」が今は通用しません。企業は昔に比べれば稼ぐ能力が落ちているし、行政も限られた税収をみんなに再配分しても、消費も動かない。全く別のアプローチが必要なんです。

そこで、NPOを中心とした新しいアプローチをしています。起業前に「2020年までに20個のアプローチ、施策、解決をつくることが日本の新しい未来のために必要だ」という仮説を立てました、20個のうち15個はもうできました。

民間から民間へ 新しいキャシュフローの流れをつくろう

──具体的にはどんなことをされているのでしょう。

鵜尾:直近のケースを2つご紹介します。まず昨年12月、私たちが強力に働きかけてきた「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法」が認められ、2018年に施行されることになりました。銀行に預けた預金は10年放置されたままだと国庫に入っていました。この休眠預金が毎年1000億円、そのうち、500億円以が告知しても、放置されたまま。今回の法律ではその500億円を銀行の利益にするのではなく、民間投資の財源にしようというものです。つまり「民から民へのキャッシュフローをスムーズにすることで、新しいイノベーションをより引き出しやすくしようという発想です。

あともう1つは。「遺贈寄付」です。日本の「相続」は年間50兆円が動いています。実は、遺産相続を考えている人の21%が遺産の一部を社会的な解決目的に使ってもらってもいいと考えています。ところが実際に実践している方は全体の0.1%以下。200倍ものギャップがあります。その原因は相談相手がいないからで、どうしていいから分からないのです。

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そこで、全国16カ所に無料相談所を設置し、遺贈寄付の相談を始めました。かつての「遺産相続」は70代の親から40、50代の子の間でのおカネの流れでした。40代、50代はまだまだお金が必要なので、社会にも流れていきました。しかし、今の相続は80代、90代から60代へのシフト。60代になるとお金を使わず貯め込むだけ。何も生まないのです。

だったら、「民」への寄付というカタチで、新しいイノベーションのためのお金の流れが増えれば結果的に活性化していく可能性が高まります。

社会課題解決ができる人を育てる

──キャッシュフローに続き、人材の育成も大事ですね。

鵜尾:そうなんです。残る取組5つの内の1つが教育です。僕らはいままで、「真面目に働いて税金を納めてさえいれば、行政が社会的利益の再配分、社会的な課題を解決してくれる」と思ってきたわけです。でも、本当は、一人ひとりが自分で社会の問題を解決するためにアクションを起こしたっていい。ところが、そのことを日本の学校はまったく教えてこなかった。

──それがために、自分だけが稼げばいい、自分たちがしあわせであればいいという考え方ばかりになった。

鵜尾:ええ。そこで、現在、小中高で「社会貢献のためのプログラム」を実施しています。近所、学校、地域で困っていることを見つけ、みんなで解決策を考えるんです。これって年齢関係ないんです。あと、全員に役割があるので、楽しいんです。その結果、能動的に取り組む姿勢も育まれます。

実は2022年から社会参加の考え方から実践までを『公共』という教科で教えることになったんですが、それまでには時間があります。僕らがモデルとなるようなカリキュラムを作り上げたいと思っています。

企業側の意識も変わるか

──企業側に目を向けると、社会貢献に対するスタンスは二分されますね。「本業とは関係ない」と考えている企業もあれば、社会貢献マインドをもった人材を積極的に採用したいと取り組んでいる企業もあります。この違いって、実は、今後、企業業績にも関係してくるのではないでしょうか。いま海外で、強い企業って、社会にどう貢献していくかを真剣に考え、企業の中心的理念に据えているし、本業に組み込んでいる。そんなところが結果的に強くなっていく循環を生み出しているように思います。

鵜尾:経営者の考え方、企業に対する社会的な貢献に対する評価が、消費市場、人材マーケットにもダイレクトに影響してきますからね。

──あと、世の中、スピードが速くなっているだけに「コラボレーション」をする機会が増えています。企業レベルのみならず個人でも、社会に対して何をすべきか、自分は何がしたいのか、何ができるのか。こうした軸をもって活動している人でないと、結局、一緒に働けないし、一緒に働くパフォーマンスにも響いてきます。今後、企業側がもっと真剣に「社会貢献ができる人材」を重視しはじめれば、学校教育の改革も進むのでは。学校と企業側、両輪で変わっていかないといけません。

「見えざる心」で市場が動く

鵜尾:G8サミットから生まれた「社会的インパクト投資タスクフォース」の委員会をしているのですが、そこで話題になったのが、「投資」も次のステージに入る、ということでした。面白いのがアダム・スミスの「神の見えざる手」ではなく「市場の見えざる心」。これが今後のキーワードになるというのです。要は「社会的貢献」が大事な投資基準になるというのです。既に英国では行政、NPO連携型の成果連動型投資であるソーシャルインパクトボンドがいくつもありますし、シンガポールでは「社会貢献企業」のための独立した基準の金融市場ができあがっています。日本ではさらに進化した市場の設立を目指します。

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──先ほどもいいましたが、今後の「社会貢献企業」って、ボランティアの延長線上にあるイメージとは違います。社会的な課題を解くことで成長する企業であり、そこに投資も集まるようになっていくんですね。

鵜尾:僕は、これからは「共感」こそが価値になるのではないかと思っています。企業も個人も、です。

ハーバード大学が、人間にとって何が幸せなのか?それを70年もの長い時間をかけて追跡調査した結果があるんです。おカネ、名誉などいろいろあるけど、最後は「リレ-ションシップ」、人と人の関係の中でしか幸せはないというのです。人間同士の関係ですからAIにはつくれないもの。今後の社会を考えるうえでも面白いキーワードです。

共感資本主義社会がやってくる

──鵜尾さんがいっている「共感資本主義」って、「共感」と「資本(=カネ)」という意味ですか? それとも、金融資本にとってかわるという意味で「共感資本」ですか。

鵜尾:単独ではなく、共感と資本はセットであるものだと思います。ただ、土地とは違って、「共感性」って無限なんですね。AさんがBさんに共感を与えたといっても、Aさんのエネルギーがゼロになるわけではない。共感って1が2になる。「ソ-シャルメディア」のお陰で、低コストで伝わりやすいだけに「共感」のインパクトは大きいですよ。

──そうした未来の在り方はいつ頃 広まるのでしょう。今は、僕らは金融資本主義の中で四半期ごとに成果を求められる働き方をしている。経営者としては悩ましい問題ですね。

鵜尾:それでも日本は急に変わる可能性があると思っています。僕、50カ国で仕事してきましたが、日本ってやっぱ面白いんです。宗教観も論理性よりも「全体の気持ち」「空気」が支配している。「みんながいいというならいいよ」というのが個人の行動規範になっている。仮に、どんなに論理的に正しくことをトップ1人が主張しても、多くの人が信じなければ誰も動かない。でも仮に51%の人が「実感」として「いいよね」と言えば、明日からも社会のスタンダードになる。一日でがらりと変わります。実体がないのに全体で動く。

──多様な意見、まったく違った価値観があればまとまらない。あえて1つの価値観に決めない「場」だけがあり、その流れに従うのが日本。それが「空」とか「空気」であり、日本の大発明ともいえます。

鵜尾:高度成長期も行政、企業、NPOの距離感は近い存在であり、その身近さがあったからこそ成功できたといえる。つまり、日本ではコラボが起こりやすい環境に歴史的にあります。ある日、「あ、そちらの方がいいじゃない」となれば、一斉にみんなで動きますよ。

──そのためには?

鵜尾:「体験」する機会を増やすことと、ネット時代だからこそ、二次元情報に満足せず、現場に行って「三次元情報」にふれることが大切です。将来、海外の大学で「日本モデルの社会課題解決ケース」として紹介できるぐらい、具体的な計画と具体的な施策を積み上げていきたいと思います。

あと応援団づくりですね。いま米国での寄付市場が25兆円。日本は高々7000億円です。日本では優秀な「社会起業家」が出はじめているのに、なかなかスケールできず、ずっと同じ町で同じことをしていたりしています。やはり、寄付の文化、応援団がいるんです。ほかのコミュニティとコミュニティをつなげていくための共感性をドライブする機能も大切です。それぞれの役割がみえてくれば動くはず──。今後やるべき仕事はそれですね。

鵜尾 雅隆

鵜尾 雅隆 Masataka Uo
日本ファンドレイジング協会代表理事

JICA、外務省、米国NPOを経て2008年7月、NPO向けのファンドレイジング戦略コンサルティングを行う株式会社ファンドレックス創設。翌2009年、寄付、社会投資10兆円時代の実現を目指し、日本ファンドレイジング協会を設立、現在代表理事。 2004年、米国ケース大学 Mandel Center for Nonprofit Organizations にて非営利組織管理修士取得。同年、インディアナ大学 The Fundraising School にて、Certificate on Fundraising Management を日本人で初めて取得。『ファンドレイジングが社会を変える』(三一書房)。

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブであり、柴沼俊一/瀬川明秀を中心に活動しております。詳細は以下をご確認ください。
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