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構造改革の旗手、朝比奈一郎が描く「日本活性化」4つのテーマ

Future Society 22

 

聞き手:柴沼俊一、瀬川明秀

最近、経産省の若手官僚がまとめた提案書が話題になっているが、いまから約10年前に発表された若手官僚たちによる提案が霞が関・政治改革につながったことを覚えているだろうか。その改革を進めたのが朝比奈一郎さんだ。彼が率いる「プロジェクトK」が提案した「霞が関構造改革案」が国家戦略室の設置や公務員制度改革へとつながっていったのだ。

朝比奈さんはその後、2010年11月に霞が関を飛び出し、青山社中を設立。今はシンクタンク事業や教育事業を通じ、霞が関改革のみならず「日本の活性化」をテーマに活動している。内側・外側から日本をみてきた朝比奈さんがいま注目しているテーマはなにか──。4つの分野について聞いてみた。

──今日は朝比奈さんがいま関心を持っているテーマについて、お話を伺いたいと思っています。

朝比奈:はい。僕は長期的には「明るい未来」を描いています。例えばかつてケインズが「いずれ、経済のことを考える必要のない世界がやってくる。人類はより重要で難しい『幸せ』について考えればいい」と予言しましたが、僕も超長期的にはそう思っています。ただ、安全保障面でもそうですが、理想的な世界がやってくる前には「混乱期」が来きます。その意味では、今は「混乱期」であり、今後もしばらく「混沌とした状況が続く」と身構えています。

──そうした状況でいま気になるテーマは。

朝比奈:最近気になっているテーマは「データ・ドリブン・ソサエティ」「ライフサイエンス」「新興国」「エネルギー」の4つです。これらの分野は互いに影響しながら加速度的に激しい動きを見せつづけしばらくは「混乱とした状況」が続くのだと思います。

データ・ドリブン・ソサエティ

──それぞれの分野について短期、中長期のトピックスについてお伺いします。まずは「データ・ドリブン・ソサエティ」について。ネットがリアルな社会インフラにつながってきたことで、新しい課題が出てきました。

朝比奈:流行りの言葉だとAIとかビッグデータ等々、ということになりますが、私は総称的にこう呼んでいます。いわゆる深層学習(ディープラーニング)が典型ですが、コンピューターの進化で大量なデータを扱うことが出来、分析力が格段に増しました。今までは、いわゆるITの世界は、ゲームとか買い物が便利になるとか、割と気軽な世界に閉じていたのですが、それが、医療だとか自動運転の車だとか、人命にかかわる真剣な世界に急拡大しているのが現状です。そして、その広がりは生活の根幹に関わるインフラ・システムにも及んできています。

たとえば、IOTなどと呼ばれながら、身近な家電製品等のみならず、鉄道や道路、水道システム、発電所等々、あらゆるものがネットにつながってきています。そうした中、社会インフラ・システムを自国で作り上げるのではなく他国から輸入することで、新興国は先進国並みの利便性を一気に享受できるようになってきました。

──しかし、「社会的なインフラ・システムを外国や一部の民間企業に握られる状況は安全保障上いかがなものか」という指摘もあります。

朝比奈:国によって感覚が違う印象です。たとえばイギリスなんかは意外と割り切っていて、鉄道や原発などの社会インフラに外資をどんどんいれていますよね。一方、日本はどうか。輸出は積極的なのに、輸入は慎重。まあ、でも国民感情的には普通はそうですよね。東京の上水を中国企業が管理・運営するとなったら少し気持ち悪いというか。一般的には、ライフラインに関わるインフラを外国政府、外資にゆだねることに各国民は敏感です。

──「社会インフラ」のみならず、化学や物理素材データ、人間データも一国が独占してしまう可能性もあるますよね。

朝比奈:今後も激しい競争が続きます。怖さがある中、特に欧州当局による米国企業(グーグル、アマゾン等)への干渉が散見され始めていますが、特定企業によるそうした支配的な状況を世界が許し続けるのかどうかは疑問です…。仮に「限界費用ゼロ社会」に向かうのであれば。少なくとも長期的には、相互利用、共同利用が優先され、どこかで是正されるのではないかと期待しています。

ライフサイエンス

──では2つ目の話題。「ゲノム編成」などのライフサイエンス分野についてはどうですか。

朝比奈:「穏やかな未来」ではなさそうですよね…。クリスパーキャスナインという技術が出てきて、ゲノム編集が劇的に容易になりました。人間はこれまでの「限界」を超えそうです。例えば美味しい肉牛の生産に用いられる分には良いのですが、筋肉モリモリの屈強な人造人間からなる特殊部隊など戦争への応用は恐ろしい。

たとえば2020年の東京オリンピック。義足や義手を認めたパラリンピックの記録の方がオリンピック選手の記録を超えるのではないかと言われています。治療目的の延長ならまだしも、例えばゲノム編集による勝つための技術競争をどこまで認めるのか。倫理的な問題が発生しそうです。

──なるほど。

朝比奈:ただ、本来ライフサイエンスの目的は人間の長寿化、無病化にあります。中長期的にはこの目的に向かって進むとは思うのですが、「ロボットやゲノム編集人間が通常の人間よりも優れている時代」に敢えて「彼らを超える人間」に関心が集まる可能性はありそう。

──ロボット、AIなどにはできない「人間ならではの価値」が大事ですね。

朝比奈:「合理的=価値が高い」だけではない複数の尺度が大事です。F1マシンの「フェラーリ」とウサイン・ボルト選手が争った場合フェラーリが強いと比べてみて意味があるのか。絶対的スピードではなく、もしかしたら、単位あたりの消費エネルギーでいえばボルトの方が効率が上じゃないの、と言えるかも知れない(笑)。こうした多様な尺度を常に持っていないと、ライフサイエンスは怖い方向に進みそうです。

本来の姿に戻るパワーバランス

──3番目の関心が「新興国」。おそらく、中国とインドのことを言っているのだと思うのですが。

朝比奈:覇権国に対して準覇権国がチャレンジし続けていくのが歴史。いまは米国一強から、覇権が徐々に中国やインドへシフトしていく過程にあるのでしょう。ただ、これは何も珍しい動きではなく、むしろ産業革命が本格化して以降の200年くらいの西欧の覇権の時代が異例なわけで、世界のGDPの半分強は紀元後からずっと中国とインドの合計だという推計もあります。梅棹忠夫が60年前に書いた『文明の生態史観』で予言していたように、“もともと強いエリアに戻っていく”時期がきたのでしょう。

──この200年、米国が強かったのは、「ビジョンづくりがうまかった」ことにあると思うんです。かつてローマ帝国が長期的な覇権国であり続けたのもビジョンづくりがうまかったから。他国の出身者たちに対して軍事、政治こそ触れさせなかったものの、税金を納めるなど一定条件を満たせば「自国」の民として扱ってきた。こうした「平等」とか「権利」の考え方は先進的でした。その意味では、いまの中国もインドはまだまだ覇権国としての条件を満たしているとは…。

朝比奈:ローマなどは他民族の同化に優れていて、ローマ市民権の使い方などおっしゃるとおり、時にPRが上手かったと言えます。属州出身の皇帝も出てきますし、そもそもローマ最高のヒーローといえるカエサルの属するユリウス一門も確かローマの隣国のアルバロンガの出で純粋なローマ出身とは言えないですからね。そういう意味ではアメリカこそがローマ的でもあり、中国とインドは、特に中国はそうした形とは現状、かなり違うかと思います。だからこそ混乱期は続くのでしょう。

日本は「エッジ」にある

── サイエンス、プラットホームビジネス…。欧米にせよ、印中せよ。抽象的な概念をビジョンとして具現化するのが得意です。日本はこういた分野では勝てません。ならば日本は、対極の「エッジ」に走るべきではないか、という議論があります。

朝比奈:エッジとは。

── 現段階ではデータとして扱いきれないもの。たとえば、人間としての手先の器用さとか触感の鋭さとか…。

朝比奈:なるほど。こんな話を聞いたことがあります。「ゼロ」を発明したインド人と、「空」を理解する日本人──。この違いをこう例えた人がいます。「インド人はアタマと口で理解する」「日本人は目と手で理解する」。どうやら、触れば分かる感覚というのは万国共通ではないらしいのです。こうした尖がったセンスを、イノベーションにつなげていくことが日本の磁力を高めることになるんだと思います。

長期を見越したうえでのエネルギー政策

──最後は「資源」「エネルギー」について。自動車産業がガソリンから電気にシフトしていくシナリオを描いています。サウジアラビアでさえも「石油に頼らないビジネス」を国家戦略事業に掲げるなど、ミクロ、マクロでの「脱石油」の動きが現実的になってきました。

朝比奈:中長期には「エネルギーフリー」の世界がやってくると思っています。が、それがいつになるのか分かりません。その前に、エネルギーがない日本としては新しいエネルギー開発を続けることになるのでしょう。当面は、「いまの日本の高いエネルギーコストをどう削減するのか」、「危険なエネルギーをゼロにするにはどうすればいいのか」を同時に解く必要があります。

──どうすればいいでしょう。

朝比奈:まずは原子力を一部再稼働させることで日本のエネルギーコストを抑える。その浮いたおカネで原発ゼロを目指し、新エネルギーの開発や送電インフラ整備投資に振り向けるなど、中長期的なビジョンをみせることが大事だと思います。もちろん、安全保障面からの原子力技術の重要性と言う文脈もあるので、原発以外(例えばかつての原子力船)で技術の維持継承は大切になります。

いま必要なのは、理想的な姿を示すことと同時に、そこに向かう短期中期長期の段階過程も考えて見せることでしょう。これはどの分野でも同じなだと思っています。

朝比奈 一郎

朝比奈 一郎 Ichiro Asahina
青山社中 筆頭CEO

1973年生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒業。ハーバード大行政大学院修了(修士)。経済産業省ではエネルギー政策、インフラ輸出政策、特殊法人・独立行政法人改革に携わる。「プロジェクトK (新しい霞ヶ関を創る若手の会)」初代代表。経産省退職後、2010年に青山社中株式会社を設立。現在は自治体(三条市、那須塩原市、川崎市、沼田市)の経済活性アドバイザー、総務省地域力創造アドバイザー、内閣府クールジャパン地域プロデューサーなども務める。著書に「霞ヶ関構造改革・プロジェクトK」(東洋経済新報社)「霞ヶ関維新」(英治出版)「やり過ぎる力」(ディスカヴァー・トゥウェンティワン)「ケネディスクールでは何をどう教えているか」(英治出版)がある。

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