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Yellがチームビルディングサービスで取り組む

「人のマネジメントのサイエンス」

Future Society 22

 

聞き手:柴沼 俊一、瀬川 明秀 / 記事執筆:高下 義弘

Future Societyを考える対談シリーズ、第一弾は、Yell(エール)の代表取締役 CEO 吉沢 康弘氏と、櫻井将氏。「クラウド型チームビルディングサービス」を標ぼうする「エール」と組織人事コンサルティングを提供している企業で、創業5年目を迎えようとしている(2017年4月現在)。

エールが語るクラウド型チームビルディングサービスとは、次のようなものである。企業がエールのサービスを利用し始めると、エール側で用意する「クラウドサポーター」という人材が、現場の社員(プレイヤー)が抱えている仕事の悩みや課題を電話などで聞く。クラウドサポーターはエールが契約したビジネスコーチやキャリアカウンセラー、あるいは企業に勤務するマネジャー層の社員などである。

社員には振り返りの作業を通じて生産性アップなどの効果が見込まれる。また組織としては、リポートを要約・分析した内容を使って、人材・組織マネジメントの参考にできる。

すでに大手システムインテグレータのTISやベネッセなどの企業がエールを導入し、リーダー層のマネジメント力向上、社員のモチベーション向上のために活用しているという。

エールの吉沢CEOは「エールを通じて、人のマネジメントにサイエンス(科学)を導入する。これにより、ビジネスパーソンは、自らの可能性、社会的意義、そして楽しさに基づいた働き方ができるようになるはずだ」と力説する。

吉沢CEOと櫻井氏に、エール応用の実際と、人や組織のマネジメントの未来を聞いた。

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──Future Societyを考えた場合、大切なのは働く人のモチベーションなんだと思います。自らの可能性が開ける、働く意義が見いだせる、楽しく働けるという状態になれば、どんどんクリエーティブな成果を出して、企業も社会も良くなっていく。しかし実際には、そのような状態で働いている人はほとんどいません。特に大企業に務めているビジネスパーソンは、潜在的な能力は高くても、いわゆる「やらされ感」に覆われています。

吉沢:『Primed to Perform: How to Build the Highest Performing Cultures Through the Science of Total Motivation』(出版社はHarperBusiness)という書籍によると、モチベーションの段階は大きく次の6つに分けられるそうです。

1番目は「楽しさ」。仕事そのものが楽しいというものですね。2番目は「意義」。仕事に社会的な使命や意義深い目的を感じている場合です。3番目は「成長可能性」。成長したいなど、自分自身の目標を達成する上で有益だと感じている場合です。これら3つは「直接的動機」と定義できて、組織マネジメントの観点から見ると社員の高いパフォーマンスが期待できる動機付けです。

次の4番目からはどちらかというと消極的なモチベーションで、4番目は「心理的圧力」。お客様、同僚、上司など、自分を気にかけている人を落胆させないため。5番目は「経済的圧力」。この仕事を失うと、金銭的な目標や生活が維持できないから。6番目は「惰性」。特にこの仕事を続けている理由は特になく、ただ惰性で続けているというものです。これらは「間接的動機付け」と定義できて、先の直接的動機と比べると低いパフォーマンスになるであろうというものです。

直接的動機を持ったメンバーによる組織は、創造性が高く、モチベーションが高いレベルで維持しやすく、外的な環境変化に強いと言われています。一方、間接的動機が中心の組織では、長期的にはモチベーションが低下しやすく、メンタルな問題も発生しやすく、また離職などが起きやすい。当然創造性は発揮しにくく、外的な変化にも弱いと考えられます。

心理的圧力に駆られて仕事を続けている

ある企業で、当社のクラウドサポーターと社員さんとの電話セッションを記録し、その内容を分析してみました。セッションを記録したリポート内容の文書を分析し、6つの動機付けに従って類型化しました。

分析対象にしたリポートを洗い出したところ、700件以上あるリポートのうち一番多かったのが、心理的圧力について触れられているやり取りで、約50件ありました。「納期を守らなくてはいけない」とか「人を張り付けて何とかしよう」といった、そのような話題が中心です。これに対して、楽しさや仕事の意義に触れているやり取りはほんの数件だったのです。

これは、多くの大企業で見られる傾向を端的に示していると思われます。

──数字にするとインパクトが大きいですね。要するに、日本の大企業のビジネスパーソンは多くの場合、心理的圧力に駆られて仕事を続けているのではないかというわけですね。

吉沢:はい。最近、エールを通じて様々な企業と関わらせていただいていると驚くのが、経営層と中間のマネジメント層、そして現場の3層で、動機付けがひどくずれているという現状です。

会社の役員クラスの人々は、プロジェクトや新規事業の意義をよく認識していて、楽しく仕事をしているんです。ところが組織の階層が下になるほどにその意義に関する認識が薄まって、役員クラスとの温度差が開いていく。中間にいるマネジメント層はやる気をなくして、現場の最前線で働いている人たちに心理的圧力をかけるだけ。やる気のある現場の人たちはつぶれていき、「これじゃあいけない」と問題意識のある中間層の人たちはなかなか変わらない現状に直面して、くさっていく。

──そんな状態では会社は潰れます。

吉沢:エールを立ち上げる前は、むしろそんな構図に陥っている会社は自然淘汰されたほうがいいのでは、と思っていました。しかし、そうはいっても日本社会を支えている大企業がたくさん、このような構図に陥っている。何とかしなければ、社員とその家族は路頭に迷い、日本の産業界も沈没します。

現場の声を適切に拾い上げて、経営者や中間のマネジメント層がモチベーションの観点から自分たちのやり方を見直せるようになれば、復活の余地は十分にあります。

真の「人のマネジメント」がない

──企業をコンサルティングしていて改めて思うことですが、特に新規事業は関わる個々人の動機付けがしっかりしていなければ、まずうまくいかないんです。ですから私がしばしば企業にお伺いして皆さんにお伺いするのは「あなたは何がしたいのですか?」という質問ばかりです。

吉沢:私は以前P&Gに勤務していたのですが、優れたグローバルマネジャーを見ていると、本当に人のマネジメントがうまかった。プロジェクトや事業の意義をどう伝えるかとか、個人の動機付けとどう紐付けるかといった点で、そのマネジメントの手法はまさにサイエンスと言うべきほどに洗練されていました。

──なるほど、いわば「人のマネジメントのサイエンス」ですね。日本企業にもそれが求められていると思います。

吉沢:マネジメントというと日本語訳はしばしば「管理」になり、勢いモノや数値のマネジメントにばかり意識が向きますが、そうではないはずですよね。

──そう思います。マネジメントは、リーダーシップを発揮することや部下を勇気づけることなど、いろいろな要素が盛り込まれている言葉なので、管理と訳すと重要な要素が抜け落ちていく。大企業の役員クラスが10人規模で人のマネジメントのサイエンスについてその重要性を認識すれば、その企業は劇的に変化するのではないでしょうか。

経営は「人間の認知の世界」に突入する

──イノベーションが求められている時代においては、人の内的なパッション(情熱)が成功に欠かせません。そう考えていくと、エールが関わろうとしている個々人のモチベーションは、企業の内燃機関と言えそうです。

吉沢:人の内側という面で言いますと、人の意志決定を脳科学的に分析すると、実は論理というよりは感情に強く影響されていると言われています。

やっかいなことに、感情は記憶と結びついています。つまり、経験豊富な経営者が急に新しいスタイルのマネジメントを求められたとしても、長年の記憶と結びついた感情が邪魔をして、合理的な意志決定ができない可能性があるわけです。

──なるほど。急に舵を右から左へとは変えられないと。でも、現実にはそのようなニュアンスの決断も求められています。どうすればよいのでしょうか。

吉沢:その本人の感情を揺り動かして、まったく新しい行動パターンを作らざるを得ない状況に身を置くのです。例えば追い詰められるような状況に身を置くと、本人には新しい意志決定パターンが否が応でも定着します。

──確かに。私もよく「川に飛び込んで泳がなかった人はいません」なんて言いますが。

吉沢:私は別会社のインクルージョン・ジャパンを通じて、経験豊富なビジネスパーソンの起業支援をしています。大企業に長く勤めていた人はたいがいの場合「起業なんて」と思って躊躇しますが、このハードルを乗り越えさせる方法があります。ポイントは、その人の感情を揺り動かして、古い考え方を変えざるを得ない状況を作り、新しい行動パターンを身に付けさせるという、今述べたやり方そのものなんです。

その仕掛けが起業支援のイベントです。しかるべき人を集めて、しかるべき場を用意し、起業家にはそこで自分の事業の社会的意義を堂々とプレゼンしてもらう。もちろん内容をどうブラッシュアップするかが重要なハードルであるわけですが、きちんと訴えかければ、周りが一気に応援してくれる。出資したいと言う人から声をかけられる。このような感情が揺れ動く新しい体験をすると、漠然とした不安が、「やれるかもしれない」に変わるわけです。

この仕掛けには、心理学的な裏付けがあります。人は物事を記憶する際に、その時点における行動と、行動に絡んだ感情をセットで覚えるという性質があります。この起業支援のイベントでは、“行動を揺らす”、つまり今までにないパターンの行動を頑張って実行してもらいつつ、その行動に沿った新しい感情体験を意図的に差し込んでいるわけです。これによって、起業家は新しい価値観や行動様式を無理なく身に付けることができます。

──新しい価値観や行動様式が身に付けば、起業も成功しやすくなる、というわけですね。

櫻井:そこから考えると、今後はより洗練されたマネジメントのためには、人間の感情の領域に踏み込むべき時代がやって来ているのかもしれません。

ただそれほど難しい話ではなく、NLP(神経言語プログラミング)や様々な心理学が適用できます。トラウマへの対処にも使われていますが、いまの思考パターンに深く関与している過去の感情を扱うこと。また新たな思考・行動を生み出すために感情を扱います。

経営者こそ感情のマネジメントが必要

──経営者も、社員も、次の時代に合う価値観に自分の認知を変えていかなければいけないというわけですね。

吉沢:自分個人の行動を振り返っても、他者とのコミュニケーションを考えても、人はロジックでは動かない面が多々あるわけです。むしろ感情に従って動いて、その行動の理屈を後付けする、というケースも少なくない。そこから考えていくと経営者こそ感情をコントロールできないとあぶないんです。「マインドフルネス」が流行しているのもそうした自覚がある経営者が増えているからかもしれませんね。

──確かに。日本の経営者でも禅に関心がある人は多いですし、むしろ海外のほうが日本の禅に着目していたりします。感性を重視し、多様性を重視してきた日本文化は、Future Societyの重要な一側面を指し示しているのかもしれません。

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インクルージョン・ジャパン株式会社

吉沢 康弘

1976年生まれ。東京大学工学系研究科機械工学修了。P&G、人材開発系コンサルティング・ファーム、ベンチャー企業の企画・運営を同社にて担当後、ライフネット生命(当時、ネットライフ企画)の立ち上げに参画し、主にマーケティング・新規事業立ち上げに従事。同社上場後、インクルージョン・ジャパン株式会社を設立し、ベンチャー企業への立ち上げ段階からマーケティング・事業開発で支援することに従事し、ベンチャー投資に特化した「ICJ1号ファンド」を運営。同時に、大企業へのベンチャー企業との協業をメインとしたコンサルティングを行っている。MUFGフィンテックアクセラレーター、NRIハッカソン、凸版印刷社内新規事業創出他に従事。出資先である「エール株式会社」CEOを兼任中。

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エール株式会社

櫻井 将

1982年生まれ。横浜国立大学経営学部経営システム化学科卒業。株式会社ワークスアプリケーションズにて営業部・人事総務部のマネージャを担当後、gCストーリー株式会社では営業・マーケティング・新規事業・子会社の経営に従事。チーム作り・人材開発を主なテーマとし、NPOの事務局長や一般社団法人の理事をつとめ非営利組織の立ち上げ(法人化)運営を。経営者やアーティストのメンタルコーチとしての活動や、人間の成長段階を学ぶ一貫で保育士の資格を取得。2017年2月にエール株式会社に入社し、企業向けチームビルディングサービスの事業開発を中心に行っている。

 

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブであり、柴沼俊一/瀬川明秀を中心に活動しております。詳細は以下をご確認ください。

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