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「天命に生きる人が増えれば社会は変わる」
ユーダイモニア研究所・水野貴之氏と考える「共感資本」社会の未来像

水野貴之 x Future Society 22

企業が社会の中で活動する限り、人、地域、社会に与える影響を考えるのは必須のこと。従業員の幸福度・「心の成長」を計測する手法や、企業の持続的成長のための評価尺度を開発するその意図とは。「持続的幸福社会の実現」を掲げて活動しているユーダイモニア研究所代表理事・水野貴之氏の活動を追いながら、Future Society 22が提唱する「共感資本主義」との接点を探る。

   

――Future Society 22では、資本主義社会と工業化・情報化社会の先にやってくる未来社会を考える活動をしています。水野さんはユーダイモニア研究所で、「社会的な共通善」の観点から企業の財務情報を可視化する手法や、従業員の幸福度や「心の成長」を測定する手法を開発しています。いずれも、近未来に目指すべき「持続的幸福(ユーダイモニア)社会」に向けた布石という位置づけだと伺っています。水野さんはずいぶん前から「社会の幸福」について考えていたそうですね。

水野氏(以下敬称略):はい、ずいぶん昔からいろいろなことを考えていて。若い頃は全人類が2時間だけダンスパーティーをやったら戦争がなくなるだろうと真剣に妄想していました(笑)。ジョン・レノンの命日に、「イマジン」のダンスアレンジをインターネットで流して、敵も味方も銃を置いて、みんなで踊る。一緒に踊った奴を後から銃で撃てますか?と。まあ、もちろん実現はしなかったのですが(笑)。

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水野貴之(みずの・たかゆき)

思想家、発明家、一般社団法人ユーダイモニア研究所代表理事、株式会社ユーモ取締役
 

ネットエイジ社長室室長執行役員、三井物産、TBS顧問、東南アジア、中東、欧州でプライベートエクイティ、ファミリーオフィス、ヤフー社長付、会長付を経て現職。2001年より共感資本社会の創造を構想、社会関係資本を可視化させる電子マネーを発明、特許取得。企業のステークホルダーバランスを可視化させた新経営指標「CRV(Corporate Resonant Value)」を発明。人間の幸福度や成人発達段階を可視化定量化アルゴリズム(eumoグラム)を発明した。

アメリカ同時多発テロで気づいた「刺激と反応の距離感」の大切さ

水野:2001年、私が29歳の時ですが、米国にいる超天才と言われる人に会いに行きました。もう弟子入りする気満々で臨み、確かに凄い人で3時間くらい話が盛り上がって。しかし、話を聞いている内に「この人は自分の才能を私物化している」と気づいてしまったんです。

私個人は、人の才能は「その人が存在する『社会』を発展させるために存在している」と思っているんです。単純に言えば、自分の才能は身近にいる他者のために使うべきだと。天才は「天から与えられた才」と書きますから、なおさらそうだと思っています。それに、人への愛や絆がなければ、いくら財産や地位や才能があっても、人生の意味がない。でもその超天才の話からはそういうものを感じることができなかったので、申し訳ないですが冷めてしまった。

それで帰国しようとした時に起きたのが、アメリカ同時多発テロでした。もう国中騒然です。アメリカ人たちは怒りと悲しみに打ちひしがれていた。でも私は少し冷静な観点を持っていました。悲しみや怒りに明け暮れて犯人捜しに躍起になっているアメリカ人たちを見てこう思ったんです。

「人々の刺激と反応の間に距離がない」「なぜこんなことが起きたのかという根本原因についてもっと考えたほうがいいんじゃないか」「それを考えない限り、また同じことが起きるんじゃないか」と。

そこから今の活動にもつながる、幸せな社会は人々の刺激と反応の間に距離を持たせることだ、ということを改めて考えるようになりました。

その後は、日本に戻って来る日も来る日も本ばかりを読みました。それまでは経営や経済の本ばかり読んでいたのですが、自然科学や人文科学、社会科学と、あらゆるジャンルの本をひたすら読みました。

そうしていると、ある日ミクロからマクロまでピースがつながっていく感覚を感じたのです。部分と全体は相似形であるというフラクタル理論がありますが、ほんとうに森羅万象の世界ってフラクタルだなと気付いたんです。そして、幸せな社会を創るには、自然の在り方から見て不自然になっている社会の部分を自然な姿に変えていけばよいのではないか、そしてそれが全体に波及して社会を変えられるのではないか、という考えに至ったんです。

2017年に一般社団法人ユーダイモニア研究所を設立しましたが、この研究所はこうした考え方に基づき、幸せな社会をつくるための組織として事業を展開しています。

――幸せというと、近年「幸福学」が産業界で話題になっています。従業員の幸せを考えることが生産性に寄与するというのがその趣旨です。ユーダイモニア研究所でも従業員の幸福の観点に取り組んでいらっしゃるそうですね。

水野:はい、「eumoグラム」という従業員および組織向けのアセスメント手法を開発しました。従業員はeumoグラムによる計測結果を見ることで、自分の幸福度はどのくらいなのか、成人としての発達度はどの程度なのかを定量的に観察することができます。

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図:eumoグラムの出力イメージ(出所:ユーダイモニア研究所)

よりよく生きる上で大事な3つの要素

水野:eumoグラムの特徴はいくつかありますが、最大のポイントは「ヘドニア」「フロー」「ユーダイモニア」という3つの幸福属性を設定したところにあります。ポジティブ心理学の観点から言いますと、Well-beingな状態とは、3つの要素から構成されています。それがヘドニア、フロー、ユーダイモニアです。

1番目のヘドニアとは、外部からの刺激によって得られる快のことでして、例えば金銭的な収入や地位を得るために活動するという傾向が強ければ、このヘドニアが強く出ます。2番目のフローは「没頭」を意味する要素です。勝ち負けを意識せず、純粋にその活動に集中していること、自分の好奇心や挑戦心に従って行動している状態を指します。3番目のユーダイモニアとは「自分が生まれた理由を知っている」「実存の世界をメタ認識できる」「自己同一性と自他同一性を併せ持つ」という状態です。いわゆる生き甲斐、相利の心、共感、愛といった概念はここに位置します。

人がより良く生き、成人として健全な心の成長を遂げる上では、これら3つの属性の強度を増やしていくことが欠かせません。そして興味深いことに、フローとユーダイモニアという2つの属性は特に、仕事の生産性を高めます。つまり生存や快楽といった低次の欲求にとどまることなく、目の前の対象に没頭している感覚や、活動そのものに意味や生き甲斐を感じている人ほど、生産性が高い。

人は心の成長が進むにつれて、ユーダイモニアの要素が強く出てきます。そしてユーダイモニアの要素が強い人ほど、組織のリーダーに向いています。

――共感や愛と言った、およそ弱肉強食のビジネス界とは無縁そうに感じる要素が、組織のパフォーマンスに影響しているという点は興味深いですね。

「フローな組織」は心が成長する

水野:eumoグラムの裏には、成人の成長・発達段階を描写した「統合発達段階幸福モデル」があります。これも先のヘドニア、フロー、ユーダイモニアに続く、eumoグラムの最大のポイントの1つです。発達心理学とポジティブ心理学の研究成果をミックスさせて開発しました。

 

このモデルでは、人の成長・発達段階を行動原理や集中・没頭できる対象の種類などに基づき、「2A」から「6B」までの10段階に分けています。2Aが最も発達段階が低くて、刹那的で利己的に生きているような人を指します。6Bは自分という存在や物理的な考え方を超越して、すべての人や存在を愛している人を指します。

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図:統合発達段階幸福モデル(一部を抜粋、出所:ユーダイモニア研究所)

水野:これまで約110人のサンプルを得て、eumoグラムによる計測を実施しました。幸福強度を数値化し、モデルをデータの側面から検証するためです。110人の計測を行った結果、ユーダイモニアの強度は、心の成長度合いである成人発達段階と強い相関関係がありました。相関係数は約0.9です。フローの強度と成長・発達段階の相関係数は、約0.6でした。こちらはまあまあの相関関係ですね。つまり、統合発達段階モデルで言う成人発達段階が進めば進むほど、幸福度が高くなる、ということが言えます。

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水野:データを見ると、もう1つ興味深いことが分かりました。ユーダイモニアとフローという2つの属性の強度の間にも関係性がある、ということです。

 

どういうことかと言いますと、フローの強度が高くなるにつれて、成長・発達段階が高くなります。さらにそれがユーダイモニアの強度を高めるきっかけとなることが見えてきました。つまり、従業員が没頭できる、つまりフロー強度を高めるような施策を打つことで、従業員の成長・発達段階が上がり、さらには生き甲斐であるユーダイモニアの強度が高まると考えられます。これが組織の幸福度の向上を果たし、ひいては生産性の向上が見込める。このような構造があると考えられます。

 

私が企業から意見を求められた時には、「従業員が、心からワクワクする仕事ができる環境を用意する」「仲間と一緒にその仕事をやってもらう」という2つのことをアドバイスしています。人は一人で個々の仕事に没頭しているだけでは、少しずつしか成長は見込めません。一方、組織で活動すると成長の度合いが早い。けれども、必ず停滞したり落ち込んだりといったステージがやってくる。でもその落ち込みで挫折せずに飛躍できれば、大きな成長が期待できます。こうした環境が提供できるのは、企業組織ならではのことです。

――eumoグラムのアセスメント結果と、統合発達段階モデルはどのように使うのでしょうか。

水野:従業員はeumoグラムのアセスメント結果と統合発達段階幸福モデルの内容を読み合わせることで、「自分は発達段階モデルで言えば、どんな段階にあるか」を把握できます。統合発達段階幸福モデルの記述を見ていくことで、自分の意識の持ち方を見直す指針となります。統合発達段階幸福モデルは幸福属性と成人発達段階の関係を示しています。つまり、このモデルを見て自分の心の成長を考えることは、より高い幸福を得ることにもつながるわけです。

 

ただ、2Aの人が4Aの記述を読んでも、おそらく実感がわかないでしょうから、私は自分が該当するレベルの次のレベルだけを読むことを推奨しています。つまり、3Aの人は3Bだけを読んで自分を客観視する参考にする、といった具合です。

――日本のいわゆるサラリーマンは、どの当たりの段階にあるのでしょう。

水野:だいたい2Bから4Aですね。2Bは先ほど触れましたように利己的に過ごしている状態です。2Bから3A、そして3Bへと進行するにつれて、考え方が利己から非利己に移ります。ただ非利己とは「他者に迷惑をかけない」という行動原理なので、愛に基づいたものではない。

 

4Aになると、組織のために主体性を持って行動する考え方が芽生えます。専門性を発揮して活動しているような企業人は4Aにあたります。しかしこの4Aでは、非利己からまた利己に戻る。自分が長い年月をかけて確立したやり方に固執する傾向が強く出てきがちだからです。

――総じて、ほとんどの企業人の心の成長は、かなり低いレベルにとどまっている。ずいぶん厳しい評価にも聞こえますが。

水野:日本の場合は家庭のしつけで「他人に迷惑をかけるな」などと強くすり込まれていますし、学校にはリーダーシップの教育がありません。また、産業界では社員のスキルアップ教育が偏重されています。ですからこうした状況はある意味、仕方がないと言えます。        

産業人の「心の成長」も語られてしかるべき

――産業界ではスキルアップばかりで心の成長が論じられていないとおっしゃいましたが、その見解には強く同意します。企業人がそもそも家族や地域の一員であり、また企業組織が社会の中に存在しているのであれば、人の心の成長が論じられてしかるべきなのにです。

 

昔の日本では「徳を積む」という考え方がありました。しかし、西洋的合理主義が蔓延したことにより、徳のような観点が日常で語られることがなくなりました。こうした文化の喪失が、産業界における行き過ぎた利益偏重を招いたようにも思います。

水野:そうですね。私は人間の成長を2軸で捉えています。横軸が能力の成長、つまりスキルや知識を追加することによる成長です。コンピュータに例えれば、使えるアプリのラインナップが広がる格好ですね。これはこれで大事なのですが、組織を率いる人には垂直的な成長が欠かせません。複雑な物事を理解する知性、仲間の範囲を広げていく理性、心豊かな感性といったもので、こちらはOSそのもののアップグレードといった感じでしょう。

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図:心の成長には2軸の方向があると考えられる(出所:ユーダイモニア研究所)

水野:先ほど心の成長や幸福強度の向上が生産性向上につながると言いましたが、SDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)の観点から言っても、従業員一人ひとりの心の成長は欠かせません。SDGsは「誰一人取り残さない」という考え方が基本にあります。日本政府は産業界を巻き込みながらこれの達成に取り組むとしていますが、SDGsは産業人の心の成長があってこそ真摯に考えられるテーマです。            

現状の人類は「6B」が限界、だからこそそこを目指す

――水野さんは『持続的幸福社会の実現』を掲げて活動しています。そうした社会の実現に向けて、水野さんが注目しているものはありますか。

水野:私が感銘を受けた社会理論に「SINIC理論」というものがありまして、これが非常に参考になります。これはオムロン創業者の立石一真氏が考えたもので、1970年に発表された理論なのですが、実によく出来ています。

 

SINIC理論は科学、技術、社会という3要素が円環的に刺激し合うことで進化・成長していくという趣旨の概念です。今はこのSINIC理論で言うところの「最適化社会」に位置しています。次の段階は2025年からの「自律社会」、さらに次の段階は2033年からの「自然(じねん)社会」であると定義されています。その次の段階は定義されていません。

――なぜ、自然社会の次は定義されていないのでしょう。

水野:オムロンさんからはいろいろな説明を受けましたが、私はそもそも立石氏は非常に深いことを考えてこうしたのではないかと推察しています。あくまで私の見解ですが、立石氏はおそらく、「これ以上の発達は現段階の人類には難しい」と見ているのではないかと。

 

統合発達段階モデルでも同じ考え方をとっています。6Bを心の成長の最終段階としている理由は、ここが現在の人としては限界なのではないかと見ているからです。研究では8Aまでのモデルを作っていますが、6B以降は、実存を超えたような存在であり、今の人類にはほとんどいないのではないでしょうか。

 

もちろん、将来は7Aや7Bに到達することが可能になるでしょうが、でも、私たちはこの世に肉体を持って生きているわけで、それ自体に意味があると思っています。ですから、まずは6Bまで良いのではないかと考えています。

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――それでもやはり、6Bはかなりの高みですよね。ここを念頭に置いて成長を目指そう、ということが大事なんですね。

水野:2Aから6Bに至る指標を開発した理由は、やはり現場にいる個々のビジネスパーソンが「心の成長」を心に留め置かなければ、新しい幸福な社会はやってこないと考えているからです。

統合発達段階モデルにおいて、4Aは「専門家型」だと述べました。もう1つ上の4Bは「達成者型」で、仲間のために働き、社会貢献のことも併せて考えている人たちです。こうした人たちは、数は少ないですが産業界に存在しています。しかし、4Aや4Bの人たちはいわば既存社会の勝ち組で、産業界の頂点にいます。それがゆえに、しがらみがあって動きにくい。また、仕方のないことですが自身が勝ち取った権力、権威を脅かすような社会変化を本能的に拒否する傾向もあります。

そのような状況があるのであれば、個々のビジネスパーソンが幸福の最大化を希求し、その手段として心の成長を促進させ、社会全体の仕組みが自己組織的に変容しうるようなアクションを興していくしかないでしょう。ユーダイモニア研究所が、そうしたアクションを支援する存在になれればと考えています。                           

お金の本当の意味が問われる時代がやってくる

水野:一方で、トップダウン型のアプローチも考えています。その1つが、ユーダイモニア研究所で取り組んでいる「CRV(Corporate Resonant Value)」という財務指標の開発です。これは企業の既存の財務情報を分解して、ステークホルダーバランスを可視化するというものです。

ステークホルダーとは次の6つでして、「会社」「取引先」「社員」「投資家」「社会」「未来」です。いずれも企業が社会と共存しながら持続的に発展するために重要な要素として設定しています。

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図:CRV(Corporate Resonant Value)の概要(出所:ユーダイモニア研究所)

これらステークホルダーごとに分析していくと、企業が未来にどう投資しているのか、どう社会、社員、株主に還元しているのかといったことを多面的に把握できるようになります。投資家や市民が企業の姿勢をつまびらかにするのに役立ちますし、企業は自社の在り方を見直すきっかけになります。

すでにCRVについては、参議院の予算委員会でも、企業と社会を共存させる新しい指標として紹介していただいています。安倍総理や麻生副総理からも「近江商人の『三方よし』の発展版のようなもの。日本型のモデルとして世界に啓発していきたい」といった趣旨のコメントもいただきました。ユーダイモニア研究所にとっては、CRVが財務情報からのアプローチ。先ほどのeumoグラムは非財務情報からのアプローチという位置づけです。この2つを組み合わせた統合的な会計基準の刷新や統合報告書基準を作って提案しようという活動も始めています。

           

――過去10年を振り返ると、リーマン・ショックを通じて金融資本主義に対する疑問が産業界で沸きました。近年は英国の欧州連合離脱であったり、米中の貿易紛争が顕在化していたりと、産業社会を揺るがす出来事が世界各地で起きています。そして日本では雇用環境の激変が個々のビジネスパーソンに大きくのしかかってきています。総じて、現代人は先の見えない不安を抱えていると言えるでしょう。

 

こうした中にあって、eumoグラムやCRVは「幸せ」という人が生きていく上で欠かせない要素に着目した、興味深い取り組みだと思います。幸せとは多くの人が追い求めているお金や地位の向こう側にある、人が本当に得たい要素です。

水野:お金に対する価値観は今後大きく変わるでしょう。私は2020年には再び通貨危機がやってくると見ています。そうなると今持っているお金の価値が大きく目減りします。人々はお金の意味を本当の意味で問い、自分は何のために働くのかを本質的に問うようになるでしょう。

 

ユーダイモニア研究所では新しい通貨の仕組みも開発中です。人の縁を通じて「使用価値」言い換えれば「共感価値」が循環するような仕組みとして設計しています。この通貨の仕組みでは、通帳の中身が公開されます。そこには人からどういう感謝を受けたのかといったような「物語」が書かれている。おいしいカクテルをつくってくれたとか、いい絵を描いてくれたとか。こうした「感謝」の見える化を通じて、従来とは異なる価値交換システムをつくろうというのが狙いです。

 

今は「お金には色がない」などという方便の元に、お金のために悪い方法を使っても分かりにくい構造になっています。そうではなく、お金を巡る物語がきちんと見える化されたお金、つまり「色がついたお金」が流通するようになれば、このような論理は通用しなくなります。血がついた10億円と、人々の感謝がついた10万円、どっちがいいか、ということです。

 

以前、石垣島で見た風景が非常に面白かった。ある漁師の人は「最後にお金を見たのは半年前だった」と言う。じゃあどうやって生活を成り立たせているのかというと、「近くのストアに魚を納めると、必要なものと交換してくれるんです」と。ストアでは「この魚の時価は800円だから……」といった計算なんてしない。その取引の間には「人の縁」やコミュニティに対する意識が潜在的に存在していて、「その『系』の持続的な繁栄」という共通の価値観に従って、自然な形で取引が行われているんです。

――等価交換ではないのですね。

水野:はい。物々交換というと等価交換のイメージがあるのですが、実は等価交換は人の幸せには直結しません。等価交換を意識し始めると、どうしても儲けた・損した、多く払ってしまった・安く買えたといった損得の価値基準がついて回るからです。「公平性の担保」による「一時的な満足」は「ユーダイモニア」には繋がらないのです。それよりも誰かの役に立てている、共に生きるという共同体感覚の方が遥かに幸福量が高いのです。

 

こうした社会関係資本が可視化された新しい通貨が普及しても、実際には既存の通貨と並行して使われるでしょう。けれども、この新しい通貨を使う人が増えて、通貨に対する考え方が変われば、お金や地位に縛られていた人々の意識が変わる。その結果、「自分は何のために生きているのか」、つまり天命を意識し始める。これによって社会は互いの幸福を支援し合う「共感資本社会」へと変わる。マクロの社会制度からミクロのアプリサービスまでいろいろな手段を用意して、共感資本社会、そしてその次のユーダイモニア社会を実現しようと思っています。

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブです。詳細は以下をご確認ください。

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