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「Gゼロ」の世界は、第一次世界大戦後に似ている。

テロ国家が消え、肥大化した周辺大国たちによる秩序づくりが始まった (国際政治アナリスト 菅原 出)

Future Society 22

当対談では、未来社会を紐解くことを目的に、様々な分野の方にお話をきいている。最近では、テクノロジー、あるいは人間に焦点を当てたテーマが続いていたが、国際政治・外交の世界の構造変化に目をそむけるわけにはいかない。歴史的な変節点に立つ今、安全保障の専門家の菅原出さんに、緊張感高まる中東情勢を中心に、現在の国際情勢を解説していただく。(Future Society 22)

   

大義なき「イラク戦争」。ここから混乱が始まる

――現在の地政の動きを見ていると、不安定さの根本のひとつに、中東情勢があると思います。これまでにない混とんとした状態が続いていますが、そもそもこの状況はどこから始まったのでしょうか。「時代の変節点」はどこにあるのでしょう。

菅原:現在の出来事は過去とつながっているので、遡ろうとすれば、ずっと遡ぼることができますが、私はやはり2003年からの「イラク戦争」が大きな変節点だったと思います。将来、歴史の教科書であの戦争がどう位置付けられるかにとても興味があります。

まずイラク戦争は、戦争としての大義がなかった。当時のイラクを統治していた国のトップであるサダム・フセインという独裁者が、「大量破壊兵器を持っているに違いない」という疑惑だけで、ブッシュ・ジュニアは中東まで出かけて戦争をはじめたんです。現在の「北朝鮮問題」と比べてもすべてが粗い。

フセイン政権が崩れた後の新政権づくりも酷かった。「多数派こそが政権を握るのが、民主化の正しい道だ」と、それまでイラク国内で弾圧されていた「多数派」(シーア派)による政権づくりを推進。しかし、そもそもイスラム世界での勢力分布で言えば、シーア派はマイノリティ。イラク国内でこそ多数派とはいえ国際的には少数派です。隣のイランは「シーア派」政権の大国ですから、イランに加えてイラクにシーア派主導の政権が出来たことで、イスラム世界全体の宗派のパワーバランスが崩れて、一気に中東地域の緊張が高まった。その後の過激派イスラム国(IS)の誕生をはじめ、混乱はこの時から始まっています。

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菅原 出(すがわらいずる)

1969年東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。1993年よりオランダ留学。97年 アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士号取得。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国系危機管理会社G4S Japan役員等を経て現職。

米国を中心とする外交、中東の安全保障やテロリズム、治安リスク分析や危機管理が専門。国際政治の分析とハイリスク国でのセキュリティ・サービスの経験をミックスさせ、生きたインテリジェンスと実践的なリスク・マネージメント・サービスを提供している。外交・安全保障分野の若手実務者育成にも尽力しており、大学生や若手社会人を対象にした「外交・安保サマー・セミナー」の代表世話人をつとめる。

IS対策に手をこまねいた米国。テロは世界に拡散した

――ブッシュの8年間の混乱を引き継いだバラク・オバマですが、中東情勢への介入には当初消極的でしたね。正直米国にはもう手に負えない状況だったからでしょうか。もしくは、国内の声に引きずられた格好だったのでしょうか。

菅原:米国内では中東にこれ以上関わることに対して否定的な意見が圧倒的多数でした。イラク戦争の時代には、医療技術の発達などがあって、死者数はベトナム戦争よりもはるかに少ないのですが、日常生活に支障をきたすような傷を負ったり、PTSDになった兵士の数は数えきれない。オバマさんが大統領選挙に勝てた理由の一つは、彼が当初からイラク戦争に反対していたこと。ですからオバマはイラク戦争を一刻も早く終結させたかったんです。

そんなこともあって、オバマ政権はイラクとシリアのスンニ派地域を中心に台頭したISの脅威を過小評価していたし、ISを倒すために再びイラクに軍事介入するなんて考えてもいなかった。ISはすでに2014年の初頭にはイラク西部のアンバール県の主要都市を支配していましたし、6月には北部のモスルも占拠して「イスラム国家」の建国を宣言していましたが、オバマは軍事介入には消極的でした。

アクションを起こしたのは、ISがモスルの後も次々に主要都市を傘下に収め、エルビルという米国民がたくさん住むイラク・クルド人地域の都市に迫った段階でした。自国民保護のために自衛権発動に踏み切ったのです。ところが、これに対してISがジェームズ・フォーリーという米国人ジャーナリストを殺害するビデオを公開して、米国民の怒りが爆発した。ここで初めてオバマ大統領は「ISの打倒」を目標に掲げて軍事介入を決意しました。

でも、国際法的には米国がシリアやイラクに軍事介入する正統な理由はなかったので、オバマ政権は国連を舞台にして反ISキャンペーンを展開し、米国だけでなく世界中の国々を巻き込んでIS包囲網をつくり、なし崩し的に対IS軍事作戦を始めました。

それまでのISのテロ行為は、基本的にイラク国内にとどまっていたのですが、米国や世界中の国々がIS潰しに乗り出してきたので、それに報復する形でテロを国際化、その結果、世界中にテロが拡散していきました。

    

軍事力を徹底行使するロシアは、中東諸国を強さで惹きつける

――それで過激派テロ組織と欧米が戦う構図ができたのですね。ロシアがシリアに介入するとこの構図はどう変わったのでしょうか?

菅原: シリアでの構図はイラクよりはるかに複雑です。内戦当初からアサド政権の他に、反体制派、ISやクルド人といったプレーヤーがいました。アサド大統領を敵視する米国、トルコやサウジアラビアは反体制派を支援。これに対してイランがシーア派の民兵を組織してアサド大統領を支援していました。ですが、オバマ政権は対IS作戦を優先させていましたので、反体制派への支援は中途半端。米国はシリアのクルド勢力と組んでIS掃討作戦に没頭しました。

それでも反体制派の勢いに押されてアサド政権が追い込まれると、2015年9月にロシアがアサドを助けて軍をシリアに派遣しました。米・トルコ・サウジがの反体制派支援が、武器を渡したり訓練を提供したりするいわば「間接支援」だったのに対して、ロシアは軍を「直接派遣」しましたので、とてつもないインパクトがありました。ロシア軍の参戦はシリア内戦の「ゲームチェンジャー」になったと言えるでしょう。

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しかもロシアの軍事作戦は冷酷で容赦のないものでした。テロ組織は一般民衆に紛れて活動しますから、米国などの民主主義国は、テロ作戦をやる場合、民衆を味方につけてテロ組織を孤立させる方法をとろうとします。少なくとも理論的にはそれが正攻法と考えられています。

しかし、ロシアとアサド政権は、「一般民衆を殺害している」とどれだけ非難されようとも、「これはテロリスト掃討作戦だ」として怯まずに攻撃を続けて、どんどん反体制派から支配地域を奪還していった。対テロ戦争では、テロリスト以上に無慈悲にならないと勝てないということを、ロシアが証明したようにも思えます。いずれにしても、ロシアが軍事介入して以来、アサド政権はシリア国内での支配地域を次々に奪還して、三年経った今、もはやアサド政権を軍事的に打倒できる勢力はいなくなりました。

「同盟勢力を守る」と宣言して軍事的に介入し、その約束をしっかりと果たしたプーチン・ロシア。一方「いつ撤退してしまうかわからない」「いつ支援を止めるかわからない」米国。ロシアはここで中東の圧倒的な信頼を勝ち取ったのです。今や、シリアやイラク、イランだけでなく、トルコ、エジプト、イスラエルやサウジアラビアまでもがプーチン大統領との関係強化に前向きになり、ロシアから兵器を購入するなどしてプーチン大統領に「お願い事を出来る関係」をつくろうと努力しています。

  

ロシア・トルコの協調とEUへの接近、中国の台頭。世界の分断はますます進む

――では、オバマ政権からトランプ政権になって流れは変わったんでしょうか?選挙中は「過激派を生んだのがオバマの腰抜けだったせい」「俺はISをせん滅する」とか、「イランは許さない」とか、いろいろ威勢の良いことをいっているように見えるのですが。

菅原:トランプ政権は、国家安全保障戦略で「米国の脅威」を次の三つの勢力だと位置づけました。

一つは「ロシア」と「中国」という大国です。同戦略では「現状変更勢力」と呼ばれています。世界的に影響力を拡大することを目的に軍事的にも商業的にも、米国が自由に行動する能力を抑えようとする国ですね。次が「ならず者国家」で、「北朝鮮」と「イラン」を名指ししています。特に世界中のテロのスポンサーとなっている、としてイランを強く非難しています。そして三つ目が、ISやアルカイダのような「超国家的脅威」と呼ばれる勢力で、特にイスラム過激派=ジハード主義テロ組織を敵視しています。

まず対IS作戦ですが、トランプ大統領は基本的にオバマ政権時代の路線を引き継いでいます。オバマ政権時代から同じ戦略の下で作戦を続けていて、トランプ政権のタイミングで、やっとイラクとシリアの主要な都市からIS戦闘員たちを追い出しました。トランプ大統領は、「俺が大統領になってたちまちISを壊滅させた」みたいなことを言っていますが、それは違います。やっていることはオバマ政権時代から全く変わっておらず、作戦を継続させているだけです。

一方で、トランプ政権になって新しい問題も起きています。この対IS作戦を通じて、新しく勢力を拡大させたグループが次の不安定化要因になっているのです。そのひとつがクルド勢力です。特にシリアで米国がクルド人の民兵組織を支援して間接的にIS掃討作戦を展開したので、クルド人の民兵組織がISからどんどん領地を奪い、シリアでクルド人の支配地域が拡大してしまったのです。

実はこのシリア・クルド人の民兵組織は、トルコ国内でテロ行為を行うクルド人テロ組織と根っこではつながっている。だからトルコが怒っています。「米国は対IS作戦のためと言ってクルド人のテロリストを支援しているが、そのせいでトルコ国内のクルド人テロが活発になった」というのです。

オバマ政権の時もそうだったのですが、トランプ政権になっても米国とトルコの関係が悪いのは、シリアで米国がクルド勢力を支援し続けているからです。トルコが米国にいくら苦情を言っても米国はクルド支援を止めませんので、エルドアン大統領は米国を牽制するため、ロシアとの関係強化に動くようになりました。現在シリア和平に向けた外交は、米国や国連ではなく、ロシア・トルコ・イランの三カ国中心のプロセスで動いていますが、米国がトルコとの関係を悪化させたことで、中東の戦略構図が変化してしまったのです。

米国との関係が悪化しているトルコは、現在、ロシアだけでなく、欧州連合(EU)、とりわけドイツとの関係を修復して米欧関係の分断を進める外交を展開しています。この点では利害の一致するロシアのプーチン大統領も、中東の安全保障問題ではドイツなどの欧州勢を取り込んでいこうと考え、エルドアン大統領と組んでドイツとフランスを取り込もうとしています。

シリアの和平や復興を協議するために、最近イスタンブールで<ロシア・トルコ・ドイツ・フランス>の4カ国首脳会合が初めて開かれましたが、これはエルドアンとプーチンが考えたフォーマットです。言うまでもなく米国抜きのプロセスを進めていこうという流れです。

ちょうどイラン核合意から米国だけが離脱し、英独仏がロシアや中国と共に核合意を維持していこうと協力関係を強めていますが、ロシアやトルコは、ますます米国抜きの多国間プロセスを常態化させて、米欧関係の分断をはかろうとしています。今、中東ではこのようなパワーゲームが起きています。

   

シーア派とクルド勢力の台頭で、中東の勢力地図は崩壊

対IS作戦を通じて、勢力を拡大させたもう一つのグループが、シーア派系(イラン系)勢力です。イランはアサド政権の要請を受けて、アサド政府軍を支援するために、イランの革命防衛隊をシリアに送りました。それだけでなく、イスラム教シーア派の民兵組織をイラクからシリアに送り、レバノンからもヒズボラという強力な武装組織をシリアに送りました。イランの革命防衛隊は長年ヒズボラを支援してきましたし、イラクのシーア派武装組織にも支援してきました。そうした革命防衛隊傘下の民兵組織がシリア内戦でアサド政府軍と共に戦い、勢力を拡大させていきました。

イラク国内でも、シーア派民兵組織はイラク軍を支援してISから領地を奪還するのを助けましたので、イラク国内とシリア国内の広い範囲に、シーア派民兵たちの基地が出来ました。彼らはシリアやイラクを横断する幹線道路沿いに拠点を築きましたので、イラン革命防衛隊は今やテヘランからイラク、シリアを横断して陸路で地中海まで抜けるルートを確保したと言われています。これは「シーア派の戦略回廊」などと言われています。

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トランプ政権が「ならず者国家」としてイランを敵視しているのは、このように対IS作戦を通じて、イランが支援するシーア派勢力がイラク、シリアで勢力を拡大させ、さらにイエメン紛争への介入も強めており、中東地域において影響力を拡大させている、と考えているからなのです。

トランプ大統領は、オバマ大統領がやったことは全て破棄するという点から、イラン核合意からの離脱を決定したのですが、トランプ政権の外交安保チームには親イスラエル派の人達が多く、彼らは「核合意を通じてイランが得た収入を、イランは近隣諸国への拡大政策に使っている、それゆえイランの脅威が拡大しているのだ」、という認識を持っているので、とにかくイランを弱体化させることに躍起になっています。

つまり、ブッシュ政権がイラク戦争でフセイン政権を潰し、シーア派政権をイラクにつくったことが、イラン系シーア派勢力拡大の道を開いた。イラクで迫害されたスンニ派の過激派の中からISが生まれ、そのISを潰す過程でクルド人、そしてシーア派=イラン系勢力の力が強くなった。すると今度はクルドを敵視するトルコや、イラン系勢力の拡大を嫌うサウジアラビアやイスラエルが、それぞれの安全保障上の脅威を排除するための政策をとり始めたのです。

米国がイラク戦争や対IS戦争を通じてそれまでの秩序をぶち壊してしまったので、中東の地域大国が、もう米国に頼ることなく、自分たちで秩序づくりに動き出したという見方もできるでしょう。

  

パワーオブバランス再構築。地域大国の主導であらたな秩序が作られ始めた

――一方、EUに目を転じると、 十数年前とはガラッと変わっていて、国力でいえば事実上ドイツ一国のようになっています。今後、ドイツとトルコ、そしてロシアが組んでしまうようになれば、脱米国、脱EUの象徴としての「新しい経済圏」ができますよね。

さらに気になるのは、現時点では中東情勢の表舞台に出てきていない中国の存在。中国はビジネスでもテクノロジーの開発能力でも抜きん出てきてます。ドイツ・トルコ・ロシアの関係が強まり、そこに中国が加わるようなシナリオは米国にとっては脅威ですね。

菅原:ええ、本来はそうならないように、中国を孤立させるように持っていくのが米国としては賢い戦略なのだと思います。

米国の中国に対する警戒感は、もうトランプ大統領の好き嫌いといったレベルの話ではなく、ワシントン全体に広まっている感じですね。ワシントンでヒアリングをしていても、共和党、民主党に関係なく、一部のリベラル派を除いて中国脅威論一辺倒だと言ってもいいくらいです。かつては親中派、もしくは対中穏健派だった民主党の人達でさえ、最近はかなり中国に対して厳しい認識をしています。

「このままでは技術覇権を中国に握られてしまう。そうなれば軍事的な優位も崩れる」というのがワシントンの共通認識になっていまして、それを背景に現在のトランプ政権の関税政策がとられているようです。ですから、米中貿易戦争は、貿易が問題なのではなく、覇権をめぐるパワーとパワーのぶつかり合いだと考えた方がよいでしょう。

ということで、トランプ大統領は、中国に対してはかなり本気で取り組もうとしているようなのですが、そうであれば、ロシア、トルコやEU諸国との軋轢を緩和して良好な関係をつくり、中国を孤立させるような戦略構図をつくるような外交をしたらよいのでは、と思うんですよね。しかし、トランプ政権はそうはせずにとにかくいろんな国と喧嘩をして、制裁を乱発しているような状態です。トルコはその典型ですが、かつて親米だった国さえもトランプ政権の米国とは距離を置こうとしているのは、米国にとってはあまり望ましい展開ではありません。

――そう考えると日本という立場はさらに難しくなっていますね。そもそもエネルギー確保としては中東とは仲良くしていかなきゃいけないし、ビジネス・テクノロジーの開発力からみれば、もっと中国とは近づきたい。でも、米国からみれば、軍事的な不沈空母は日本しかない。「俎板の鯉」というか、国家的な方針を決めるのは難しい。こうした現在のパワーバランスを考えるとき、どの時代と比べると分かりやすいのでしょうか。

菅原:ちょうど大きな戦争が終わった後、第一次対戦が終わった状況と似ているのかもしれません。もちろん時代背景は大きく異なるのですが、オスマントルコが解体して、列強が新たな国境線を引いたりしていろいろと関与を試みる中、領土拡大、国際的な地位向上を狙う周辺大国が台頭してきてにらみ合っていたあの時代。域外大国が自分たちの影響力を維持するために特定の民族集団だとか、現地の勢力に肩入れしますが、それを嫌う地域大国が力で対抗する、構図は似ています。

いずれにしても、地域大国が自分たちで新しい秩序形成に動き出している点が重要で、それ故、戦争のリスクも高くなるのではと懸念しています。もちろん私は新たな戦争を望んでいるわけではありせんが、米国がつくった秩序を米国自身が壊したことで中東地域は混乱し、テロ国家を生み、今度は新たな秩序をめぐる地域大国同士の争いへとシフトしてきている。新しい「バランスオブパワー」を産む過程ともいえますが、「バランス」が出来るまでには衝突が繰り返される可能性があります。

――過去と違う点は?

菅原:過去と違うのは、デジタルテクノロジーの進化によって、国家だけではなく個人もいろんな情報にアクセスできるようになったことだと思います。

例えば、かつての宗教的国家のコミュニティにおいては、市民は選ばれた宗教指導者たちから直接宗教について学ぶことしかできなかった。イスラムの世界で顕著ですが、かつてはリアルな宗教指導者が、国家の成り立ちや政府の正統性と整合性のあるような宗教解釈をすることで、ある意味人民をコントロール出来ていたと思うのです。

ところが、今はモスクに入らなくとも、ネット上でコーランの解釈がきけてしまう。それが正しい解釈かどうかは分からない若者の中には、ネットを通じてそれまでの伝統的な解釈とは全く違うイスラム教を学び、政府や外国に対する批判的な考えを身につけ、そして自ら広めることさえもできるわけです。これはイスラム世界だけにとどまらず、現在の様々な国やコミュニティで起きていることです。そうしてネットを通じて個人の情報へのアクセスが容易になっただけでなく、国家の枠組みを超えたつながり、ネットワーキングも可能になっている点が、過去とは大きく異なる点ではないかと思います。

――国家を超えた「デジタルコミュニティ勢力」ですね

菅原:ええ、人々が寄り添う組織の成り立ちはより複雑化していくでしょう。ただそのようなバーチャルなつながりや影響力が国境を越えて拡散するような時代であっても、物理的に人やモノが移動する際には、地理の制約を受ける。リアルな世界における天然資源、国際的な河川、港の重要性は変わりませんよね。

ISやクルドやシーア派民兵たちも、イラクやシリアで油田や水源、国境や幹線道路などの戦略的要衝をめぐって日々戦争を繰り広げています。新たにデジタルコミュニティを通じて、人々が一定のパワーを得ることは出来ても、例えば国際物流の根幹を担うスエズ運河を管理しているエジプトのような国は、これからも変わらず強いのではないかと思われます。

――なるほど。いろいろお話いただきましたが、まとめると、世界の警察であった米国はなくなり、中東ではテロ国家に続き、周辺大国のチカラが強くなっている。現代は第一次世界大戦後のような新たな「バランスオブパワー」が構築されるプロセスにある、と。

過去と同じで、人々の営みを支える資源豊富な国は強いことは変わらないけど、単純な「国と国」だけの覇権争いではなく、デジタルテクノロジーで力をもった「個人」もでてくる可能性がある、ということですね。

中国のように個人を情報として管理する動きが強まるのか、さらに個人をエンパワーメントしていく方向に向かうべきなのか、新しい視点として考えなければいけないとも感じました。ありがとうございました。

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