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「豊かな社会」には「貧困撲滅」が必要だが
十分条件ではない。人間は段階的に進化できる。

ーー金平 直人     (聞き手:柴沼俊一・瀬川明秀 / 構成:Future Society 22)

1944年に設立された世界銀行は、国連システムの専門機関のひとつとして、国連の加盟国を株主とし、貧困問題や開発支援などに取り組んでいる。本日の対談相手、金平直人さんは、2010年に入行、人類が抱える問題の複雑化に対応するべく、世銀変革に関わってきた。今世界銀行が直面している「人類の課題」とは何か?思い描く「未来の社会」とは? FS22が議論している「限界費用ゼロの社会」「共感資本主義」についても聞いてみた。(Future Society 22)

金平直人 (かねひらなおと) 

1977年富山県出身。2000年慶応大学総合政策学部卒、2008年ハーバード大学ケネディ行政大学院・MITスローン経営大学院修了。大学在籍時モバイルインターネット分野で起業、卒業後マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主に通信・電機・自動車業界の成長戦略策定に携わる。UNDPマケドニア事務所およびコソボICO/EUSR(欧州連合特別代表部)にて民族融和と民間セクター開発に従事。非営利法人ソケット代表を務める傍ら2010年にYPP(ヤング・プロフェッショナル・プログラム)を通じて世界銀行入行、欧州地域・南アジア地域の産業競争力研究、中小企業振興、産業育成政策を担当後、予算編成・業績評価・戦略企画総局にて財務面から世銀改革に関る経営層の意思決定と施策実施を支援。また持続可能な開発目標の達成に向けた科学技術・イノベーション国連機関タスクチーム(IATT)設立・運営に世銀グループ担当として参画。

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――金平さんは世界銀行(=世銀)に入行して以来、「ミッションの再定義」「運営基盤の強化」「財務改革」など一連の組織改革を担ってきました。世銀で働く日本人は何人もいますが金平さんは世界の抱える課題、日本の課題、双方を知るひとりだと思っています。そこで、今日お伺いしたいことは3つほどあります。

1つ目は「世銀」での取り組み。ここ数年の世銀改革を通じて世界・社会はどうみえるのか。2つ目が「未来」について。特に「限界費用ゼロ社会」「共感資本主義」についてどう思うかです。

そして最後が「豊かさ」について。2番目の未来の話と重なるテーマですが、今繰り広げられている「未来」の議論では、豊かな社会をイメージできる具体的な話がほとんどありません。そこで、「貧困がなくなった世界」についてどう考えているのか、お伺いしたいんです。

  

時代と共に変遷する世銀の役割

金平:分かりました。まずは世銀の概要からざっくりお話ししましょう。

世銀は世界の貧困問題解決や経済成長の支援をしている国連の1機関です。120カ国にオフィスを構え、現在職員1万人以上が働いています。設立当初は「欧州の戦後復興」が目的でしたが、次第に新興国・途上国への経済成長に関わる投資資金提供と政策支援がメインになっていきました。

1950-1960年代の世銀は日本ともつながりが深く、高度成長前夜の巨大プロジェクトである発電所や新幹線、首都高速道路や黒四ダムなどの大規模インフラ整備、製鉄所や自動車工場に対しても金融支援してきました。その後、「世銀は、インフラ投資はするけど、環境や地域社会の声を配慮してない」との批判も出てきたことから、1970年代以降は「ハード」ばかりではなく、医療・教育・社会保障といった人的資本への投資、財政支援、さらには行政機構・産業構造・金融市場・都市計画など「ソフトウェア」も支援対象にシフトしてきました。

冷戦終結後の90年代以降は、地域紛争、難民問題といった国の単位を超えた課題が増えました。また気候変動や自然災害など、地球の公共財という観点での問題もあります。「国や地域単位での金融支援だけでは解決できないこと」も増えてきたため、世銀はグローバルなプレゼンスと課題分野横断的な業務範囲を活かし、政策コンサルティングやシンクタンクの色彩も強くなってきた、という歴史があります。

――従来であれば、世銀が担っていた分野にも最近では、民間の金融機関、コンサルティング会社が参入していますね。

金平:ええ、世銀が今後も開発分野でリーダーシップを発揮し続けるには、自己変革が必要なのです。世銀は設立から74年たちますが、実は15年に一度ぐらい、自分たちのミッションを再定義するような大転換をしています。ちょうどいまは4度目の改革時期。2012年に就任したキム総裁は文化人類学者・医師・大学学長という異例の総裁であり、大胆な改革を掲げています。その時期に僕も世銀に入りました。

 

貧困撲滅は「夢」から「現実」に

――改革とは。そもそも世銀の何を、どう変える必要があったのでしょう。

金平:まず世銀の株主である加盟国らと一緒にミッションを考え直し、国別・地域別だった組織と制度を、課題分野別に変えました。世界の変化に機動的に対応するには健全な財務体質を維持することが必要なので、財政再建とコスト削減もしてきました。この一連の過程を通じて、何を目指してきたか。一言でいえば「実行する組織」です。

ひとつの例ですが、世銀のオフィス入り口には「貧困を亡くすのが我々の夢」というメッセージが掲げてあります。それが、今回設定した事業目的では「2030年までに貧困を終わらせる」に変わっています。

――夢ではなく「現実」にする、という。

金平:そうです。世銀のみではなく国連全体で益々困難な開発業務を実行していく上で、正しく包括的な目標も必要。ということで、「2030年までの“持続可能な開発目標(SDGs)”」が2015年に設定されました。貧困に関する目標は「絶対的貧困の終焉」と「繁栄の共有」です。「絶対的貧困の終焉」は、2030年までに絶対貧困ライン(1日1.25ドル)以下で生きる人々を、地球人口の3%以下にすること。設定時点で絶対貧困ライン以下の人口は約14億人でしたので、1年あたり1億人が貧困から脱却する、ということが目標です。

――絶対貧困ばかりではなく、米国や日本など先進国型の貧困問題がでています。相対的な貧困問題を抱える国も増えています。

金平:だからこそ「繁栄の共有」も大事です。すべての国で所得水準の下位40%に位置する人々の所得成長を加速し、格差を縮小するのが目標です。設定した「SDGs」には17分野があり、169ターゲット232の指標があります。「貧困」に関する目標では10個の指標があります。

人類が抱える課題は確かに複雑化していますが、世銀としては、SDGsで掲げた17分野での開発を誘導していくことが、結果的に課題解決に近づくと考えています。

 

アフリカ小国「ルワンダ」に現れた「限界費用ゼロ社会」

――なるほど。次にお伺いしたのが「未来の話」です。レイ・カーツワイル氏が「2045年、人間の能力を超えるAIが登場する」と言っているように、最近の話題は「ロボットやAIに人間の仕事が奪われる」といった話が多いのですが、実は未来の社会がどんな社会になるのか、イメージさせる議論がほとんどありません。

 

ひとつヒントになるとすれば「限界費用ゼロ社会」でしょうか。デジタル化が進んだ社会では、エネルギーや物流、大半のサービスは初期投資こそかかるけど、ほとんどお金がかからない世界になるという見方です。そして、実際そうなれば、おカネ以外の価値観や関係性が重視される社会になるでしょう。これまで、モノやサービスがお金との等価交換されることが基本だったのに対し、別の取引関係が生まれる可能性があります。

 

SNS上では、無償サービスが成り立っていますよね。たとえば、Facebookやインスタグラムの「いいね」を求める行為。「いいね」と感じることがあれば、瞬時にみながハッピーになり、逆に不愉快なことがあれば、同じく全員が共鳴する。要は、みんなの賛成や共感を期待した、行動や取り引き関係がでてくる可能性があります。FS22では、これを「共感資本主義」といっているんですが、こうした関係、動機って、日本以外から見た立場からも納得できる話なのでしょうか。

金平:まず「限界費用ゼロ社会」に関しては、すでに一部現実になっていると思っています。とてもいい例があります。アフリカの小さな国であるルワンダ。

一昨年、ルワンダ政府は米国シリコンバレーのベンチャー「ジップライン」と共同で、ドローンを使った医療用品の配送システムを構築しました。国内にいくつも配送拠点をつくり、国内どこでも15分で届けることができるんです。山奥の診療所だと道路もなく輸送には時間もコストもかかり、大けがをした人に輸血もできなかった。それがドローンだとはるかに安いコストで、たった15分で届く。アマゾンのドローン宅配はまだアメリカでも日本でもできていないのに、ルワンダでそんなシステムが1年でできてしまったんです。

この話をすると「規制も何もない国だからできたのは?」と言われるんですが、ルワンダでも日本のように政府内の調整は大変で、民間航空規制や安全配慮や医療システムの改革が必要なのは同じ。それでも、既存のルールを超えようと、政府、医療関係者、テックベンチャーたちが意志をもって導入した、という経緯が面白いんです。

こうした新技術が開発の最前線で用いられ、めざましい成果を上げるために、世銀などの資金力と政策知識をもつ国際機関が、産業やベンチャー企業、学術研究機関や各国政府の間に立って果たせる役割は非常に大きいはずです。技術革新を、世界で最も貧しく脆弱な人たちにも役立てる。これは世銀グループ全体のイニシアチブで新たに始めている議論で、科学技術立国であり第二位株主である日本にも、大きな貢献が期待されています。

 

人間は自身のハードルを越えて進化し続ける

――なるほど。「共感資本主義」に関してはどうでしょう?

金平:SNSの世界においては、特定の公共性が高いプロジェクトに対して、みんなが「共感」をもって無償で動くことは十分ありうると思います。でも、それがすべての社会で通用する話かといえばどうか――。正直、「理想に近づいている」とか「頑張って乗り越えていける」との実感はいまのところないんです。国際紛争とか、世代間闘争もあります。「セルビア人とアルバニア人が同じ工場内で働いて自動車をつくっている」時代がくるには、まだまだいくつものハードルがある、そんな現実もあります。

――なぜ、そのハードルをなかなか超えられない?

金平:人間や組織、コミュニティは、抱えている「痛み」を忘れて未来に向っていこうとする意志が弱い。とくに紛争状態にある国や脆弱な環境にある人々ほどそうなんです。

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――デジタル化が進み、新しい価値観のイメージはあっても、人がついていけない。人間が制約になっているということなのでしょうか。長い歴史があっても、人間は「進化」していかないのでしょうか。

金平:いえ。私は人間は「進化」する、と思っているんです。例えば、ハーバード大学のロバート・キーガン博士。ハーバードでお世話になった心理学の先生ですが、彼が「人間の知性は生涯、進化し続ける」と言っています。

 

博士は発達心理学を大人にも適用した研究で有名で、日本でも『なぜ人と組織は変われないのか http://amzn.to/2eFWYSV』『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか http://amzn.to/2wAU1tf』などが翻訳されており、ビジネスの世界でも注目されています。

 

具体的には、人間の知性の成長プロセスには5つの段階があると言っています。「2段階以降は大人になってから到達する段階で、実は、全体の7割の人たちは3段階で一生を終える」そして「4段階までいく人は稀」と言っています。でも、「4段階にまで到達する人を飛躍的に増やすことでしか未来社会を迎えることができない」とも主張しています。人間は進化できるし、しないといけないのです。

――それぞれの段階をあがるにはどうすればいいのでしょう。

金平:次の段階にあがるために大事なのが、「客体化」。要は自分と世の中にある様々な「価値体系」を切り離して捉えるということです。

 

生まれたばかりの知性は自己の世界だけ。要は欲望に従って生きている。それが第1段階。そして、自分が属している環境、他者との関係があることに気が付くのが第2段階。「親に怒られるのは嫌だから止めよう」と考えることができる状態です。そして、3段階目が「社会の規範」を考慮して、自己や家の都合を切り離すことができる状態です。大半の人はここで生涯を終えるというわけです。

 

その先である4段階目は複数の規範・価値体系を行き来きできる状態。これは外交官には不可欠な知性です。「日本ではAを正しいと考えているけれども、米国ではAは間違っていると判断されている。だから、米国ではAではなくBと言い換えないと伝わらない」といった複数の価値観の中を行き来できる知性です。つまり、複数の規範・価値体系を自分の中に内包していけばいくほど、「個人」は「世の中」「世界」そのものに近くなっていきます。そのため、さらにうえの第5段階目となると自己よりもシステムやコミュニティ全体としての正しさを志向していくようになっていくのです。

 

実は段階を上がるのは大変で、必ずしもハッピーなことばかりじゃないんです。ステップアップって、心理的なストレスがきっかけだったりすることも多く、ケア、サポートが欠かせない。そうした支援も必要なんで、それは「教育」で対応できる、というのが博士の主張です。

 

社会から疎外された人々は、簡単にテロリストになってしまう。そうならざるを得ない環境が現実にあります。疎外者を生まないためにも、貧困をなくしたり雇用を作っていくことが欠かせませんが、それと同様に「教育」こそが大事なんです。

――なるほど。まとめると、貧困がいろんな社会課題の引き金になっている以上、絶対貧困レベルを下げることは必要条件ではある。ただ、貧困がなくなれば、紛争がなくなり、「共感」が価値をもつ社会になるかどうかは分からない。それほど人や組織、コミュニティが抱えている痛みは大きい。ただ、それでも、「痛み」を超えるメカニズムは見えてきている。

痛みを超えるには、まず、みんなが「人間には進化がある」「発達できる」ということ、そして「痛みを捨てる」ことこそが人間としての進化である、ということを認知することが大切。さらに、「客体化」する力を高めることで、お互いを尊重し共感しあえる社会が育っていく、ということなんですね。

 

金平:ええ。そして、そういう道筋をまず示すことが、未来社会を語るうえで欠かせないポイントですね。

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブです。詳細は以下をご確認ください。

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