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「デジタルツイン」から「サイバー優勢」へ

未だ見ぬ社会がやってくる

Future Society 22

 

聞き手:柴沼 俊一、瀬川 明秀 / 記事執筆:高下 義弘

Future Societyを考える対談シリーズ、第2弾は、日本IBMグローバル・テクノロジー・サービス事業本部ディスティングイッシュトエンジニアの山下克司氏である。

山下氏は、日本IBMのグローバル・テクノロジー・サービスのデリバリー部門における技術理事として、同社における最新技術の適用・推進に従事している。山下氏が保持する「ディスティングイッシュトエンジニア」という職位は、その技術面での実績とリーダーシップにより、世界のIBMの技術的地位を確立した専門家に与えられるもの。IBM本社から最も優秀と認められた技術者に与えられる職位として、IBM社内だけでなく社外でもその価値が認識されている。

その山下氏に、2045年という時点を設定し、技術はどうなるか、社会はどうなるか、意見を聞いた。2045年とは、発明家・実業家のレイ・カーツワイル氏が「AI・機械が人間の頭脳を超える日」と指摘した年限である。

──『限界費用ゼロ社会』(ジェレミー・リフキン著)という書籍が、知的生産職業に就く人々の間で大変話題になりました。SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などやシェアリングサービスの状況を観察していると、本当に限界費用ゼロ社会が到来しそうな兆候が各所に見られます。

むしろ世界をリードする人々にとっては、限界費用ゼロ社会において、どんな秩序や考え方が人間社会を構成するのかを考えるべきタイミングに来ていると思います。山下さんは長くIBMで第一線の技術者としてテクノロジーに従事してこられました。そのお立場から、今の時代をどう評価していらっしゃいますか。

山下:未来はコード化すると考えます。未来学者のアルビン・トフラー(1928-2016)はかつて、「人間の妄想そのものがソフトウエアの力によって広がっていく」という趣旨のことを言っていました。ここで言うソフトウエアとは要するにコードですね。コードとは紙などに書かれて実行されうる形態のものを指します。

これは重要な示唆に富んでいます。というのは、社会における規則や法律もコードであるからです。普遍的な習慣である倫理もコード化できる可能性がある。

また、ご存じの通り、商売の対象が今モノからコト、つまりサービスや体験といった総合的なものへと移りつつあります。つまり、これまで人々が重視していた物理的財産の価値が変化し、「必ずしもモノは重要ではない」という相対的な捉え方が広がりつつあるのではないでしょうか。

──社会におけるコードの価値が想像以上にふくれあがっていると。

山下:はい。トフラーの言葉を踏まえて言えば、コードは本質的には物質的な存在であるモノと直接関係しているとは限らない。にも関わらず、コードが人間社会において極めて重要な位置を占めつつある。

サービスサイエンスの世界では「ソシオテクニカル」という言葉があります。これはテクノロジーが社会と密接に混ざり合っている様相を指します。

今インターネットは言うまでもなく社会のインフラですが、この上に今、コードという“財”がたくさん載っているわけです。

未来にはインターネットの次に来る同種のインフラがあるでしょう。それはもちろんインターネットの特性、例えば開放的なシステムであるといったものは継承するので、今後もコードという財がどんどん載っていくでしょう。

デジタルツインからサイバー優勢社会へ

──昔は物理空間にしか財は存在しなかったわけですが、インターネットのようなサイバー空間にも財が載ると、人々の価値観や活動の様式が大きく変わってくるということですね。

山下:はい。そう考えていくと、今の時代は「デジタルツイン」だと考えることができます。つまり、物理空間とサイバー空間がそっくりな双子で、相互に作用しているという状態です。

このデジタルツインな社会は物理とサイバーの両方に等しく価値がありますが、2045年に向けては、サイバー空間の方が優勢な社会にシフトしていくでしょう。

例えば、物を生産する工場をサイバー空間で完全に再現できるような技術が進んでいます。今は皆さんが物理的に存在する工場に価値を置いている、つまり物理空間が優勢ですが、今後はそれが逆転するでしょう。

──サイバー空間にある工場が物理空間にある工場よりも優勢になる、というのはどういう意味でしょうか。

山下:例えばこういうことです。 昔は、コンピュータが物理的な存在として価値を置かれていました。どこの会社に行っても、専用のサーバールームが設けられていて、そこにコンピュータが置かれていて、そこに顧客情報や生産情報などが管理されていました。

しかし今はクラウド型のサービスを利用する企業が増えました。ITサービスの会社が持つデータセンターにコンピュータが置かれ、企業はネットワーク経由で、そのデータセンターのサーバーを利用する形態です。

このとき劇的に変わったものがありました。それはオペレーション(運用)の柔軟性が高まったことです。処理量に合わせて拡大しろとか小さくなれとかをソフトウエアから指示すると、クラウド側の仕組みでサーバー資源を追加したり、縮小したりすることが自由にできるようになりました。もちろんクラウド側で必要なハードウエアが一通り用意されていることが前提条件ですが、コードがシステムを支配していように見えます。

一方、従来の自社でサーバーコンピュータを所有・管理するやり方だと、自分たちで物理的なサーバーのハードウエアを買い足したりする必要があり、物理的なモノが優勢な管理でした。

サイバーファクトリーが物理的な工場を支配する

山下:工場においてサイバー空間が優勢になるというのは、クラウドで起こったことが同じように工場でも起こるということです。モノの設計、生産はデジタルで完全制御できるようになり、何かモノを生産したいときサイバーファクトリーで工程を設計すると、インターネットなどのサイバー的な仕組みを介して、物理空間にある工場の工程を調整し、組み合わせて、協調的に稼働するように手配してくれるという分散協調な工程が実現できるようになります。これが社会的に分散して2カ所、3カ所、あるいは違う種類の複数の工場がつながって稼働することになるというIndustrie4.0のような生産が可能になるでしょう。

つまり、生産したい立場の人にとって、サイバーファクトリーというサイバー空間を設計すれば、インターネットなどのサイバー的な仕組みを介して、物理的なものは適時用意される、という世界になるでしょう。

──Googleなどのデジタル地図と実際の空間では違いが出るように、サイバー空間にあるデータの世界と、物理空間との間には、どうしても差異が発生します。サイバー空間にある工場の設計空間と、実際の物理的な工場との間で差異が発生すると、うまく機能しないのではないでしょうか。

山下:工場における生産活動は「100%絶対はない」ということを前提にして動いています。前向きな言い方をすると、エラーがあることを容認して動いていますので、完全にうまく機能しなくなるということはなく、修正しながら動作することになるでしょう。

新しい生産技術によるとモノの作り方が根本的に変わる部分があります。 3Dプリンターはコンピュータでコントロールでき、素材の側面からのエラーは発生しますが、設計したものを100%物理的に反映してくれるところがポイントです。

工場におけるオペレーターのあり方なども変わります。それぞれの生産工程自体が人工知能に接続され、ニューラルネットワークなどの技術を使ってオペレーターの知識を吸収していくようになるでしょう。

素材も進化していて、金属部品については今焼き固める陶器のような素材や接着剤で作れるファイバー素材が鋼材の代替品として使えるというイノベーションが起きつつあります。つまり、クルマを今後も相変わらず鉄を切って削って作るのか?ということです。ファイバー系素材は本質的には織物で、こういう新素材を使うとまったく違うレベルのモノ作りが可能になります。

日本は織物の技術が伝統的にすごく得意です。セーターなども、縫い目がないものが作れるほどの技術があり、世界的にも珍しい。こういった技術が活かされるといいですね。

──まだまだ日本はモノ作りにおいて世界で優位に立てる要素があると言えそうですね。

企業経営をコードで表現する世界が到来する

──サイバー優位の社会を控えて、企業経営はどのように変化させていくとよいでしょうか。

山下:コードが企業経営の中核になるでしょう。社会がサイバー優位になると、全てがコードで表現されるわけですから、経営や組織の運営をコードで表現できるようにしなければなりません。

しかし、プログラムを書ける人は、意外に少ないものです。

それに社会や規則のようなものを抽象化してコードにしようとすると、数学的・科学的思考のスキルが必要になります。今後、これができる人とできない人の差が大きくなるでしょうね。

京都大学の山口栄一先生が書いた『死ぬまでに学びたい5つの物理学』という書籍がありますが、山口先生はブログでこの本を紹介しつつ、“日本では科学を論じない“しきたり”があるといっています。

組織の意志決定者が「技術は難しい」と言って、そこで思考停止してしまう。このような組織は、今後のサイバー優位の社会に大きな後れを取ることになるでしょう。

──しばしば、日本人は欧米人に比べて物事を抽象的に捉える力が弱いと言われています。

山下:しかし数学的能力について言えば、日本人の能力はもともと高いはずです。日本は科学技術と工学で大いに発展した国ですから能力がないはずがありません。

コードの話に戻ると、コードを書く時には数学的に考えなければいけませんが、今の学校教育を見ると、数学を好きにならないような教え方になっている。そしてそういう教育を受けた人たちが日本企業の経営者になっているわけです。

そもそも数学的能力と、理系か文系かという議論は全く関係ないとおもいます。なのに「私は文系だから」という言い訳に閉じこもってしまう。これでは、日本はとても知的に貧しい国になっていくのではないでしょうか。

APIの作り手と使い手の間に大きな格差

──ここ数年で、AI(人工知能)がブームになりました。いろいろな議論がありますが、そうはいっても人間よりもAIのほうが優れている、という分野が今後たくさん出てくるはずです。

ここから考えると次の三つのグループに働き手が別れるのではないかとみています。一つが、AIで優れた仕組みを構築できるごく一部の人々。もう一つが、その仕組みをうまく使って自分の仕事に役立てる人々。もう一つが、AIに駆逐されてしまう人々です。この点については、どうお考えでしょうか。

山下:社会のあらゆる機能がAPI(アプリケーション・プログラマブル・インタフェース)の状態で供給される時代が到来しつつあります。先ほど触れたニューラルネットワークのような機能もすでにAPIとして提供されており、自社の仕組みの中に取り入れられるようになっています。話に出ました仕組みを構築する側と、使う側という2者の境界線は、APIで表現されているわけです。

確実に言えることは、APIの作り手と使い手の間には、ものすごい格差があるということです。作り手側は天才ばかりです。使っている側は、APIの中身を知らないで使っている以上、APIに支配される側になりうるからです。

APIの話で言いますと、欧米では金融機関が真剣にAPIのサービスとしてのあり方を議論しています。

社会でサービスを成り立たせる上では、コ・クリエーションつまり共創が重要だと思います。サービスにおいては、使い手と作り手が同時に価値を生むという姿が欠かせません。日本の銀行はまだこの辺りの重要性に気づいていないようで、私としては歯がゆい思いをしています。危険なのは、APIがサービスとして供給されているのだけれども、どんなに頑張っても使い手がコ・クリエーションに参加できないというモデルです。

コ・クリエーションの典型例はグーグルの検索です。受益者であるユーザーは、検索語というグーグルにとっての有益な情報を提供してきたからです。受益者は検索の数学的なロジックまでは知らなくても、Webの構造を知っていて、これが一つの心理的な抑止力になってます。これが分かっていないユーザーばかりになると、ただグーグルに一方的に情報を搾取される格好になってしまいます。

だからこそ教育が大切です。少なくともインターネットのサービスで何が起きているのかを理解するくらいの能力は必要です。そうでなければ、本当に一方的に搾取される社会になってしまいます。

サイバー優位になると国家と地球も変わらざるを得ない

──サイバー優位の社会になると、国および政府のあり方も変わってきそうです。

山下:国家の機能がコード化されて、APIとして提供されるようになるでしょうね。

国の機能を考えてみますと、国民の安全・安心・健康に責任を持ち、そのために法律や経済をコントロールする機能を持っているものだと定義できます。ここで先ほどからのコードの考え方を持ち込みますと、法律を解釈し実行するという行為そのものがコードですし、貨幣はすでにコードになっていると考えることができます。

エストニアの行政のデジタル化は、電子政府どころかサイバー社会そのものを連想させます。日本のマイナンバーはサイバー空間にある情報を物理空間から使うというイメージですが、エストニアのデジタル行政はサイバー社会の中に個人が存在するというレベルにあります。

──物理空間からサイバー空間を使うというより、サイバー空間に個人がいる、という世界になるということですね。

山下:私は、たとえば私がエストニアの国籍をとってみたら面白いのではないかと思っています。きちんと申請して承認されると、他国の国民もエストニアの国籍をとれるそうです。

日本は国民が成熟しているので、外国人に優しい社会です。日本人は二重国籍が認められていないので難しいですが、日本国籍を捨てて“エストニア人”になり、日本在住というのもありうるのかな、と思っています。

ここから考えると、デジタル化が進んでサイバー優位の社会がこの世界に広がった時、「土地も言葉も文化も日本であるが、自分のサイバーな存在を置く国籍は仕組みの優れた外国でもいい」という元・日本人が増えるかもしれません。土地という物理社会と国家というサイバー社会の分離ということです。

──確かに、生活上問題が無ければ、国籍は本質的な問題ではなくなるのかもしれませんね。

山下:ええ、先ほどのコ・クリエーションの観点から言えば、国籍を置いた国で自分の意見が行政に反映されないという諦めの気持ちが強くなったら、意見が反映されやすいコ・クリエーションできる優れた行政システムの国に自分のアイデンティティを移籍したほうが良いかもしれません。サイバー社会というのは、それがより簡易にできるわけですから。

──コードに価値が置かれる社会が国家に及ぼす影響とは、そういうことなのでしょうね。

山下:国家レベルという話で言えば、最初に限界費用ゼロ社会のことを紹介されていましたが、デジタル化により資本の概念自体が壊れているのを感じます。貨幣自体は厳然として存在するものの、コミュニケーションをはじめとしたコスト自体が安くなっているので、資本家と一般消費者の間における意識がずれているように思うんです。

となると、何を改善すると人々からお金をもらえるのかという条件が変わってきているので、企業は自身の活動の目的を変えないといけません。もしかしたら、企業の価値はみんながその企業を好きになってくれるかどうか、という尺度になってくるかもしれません。

──国家レベル、世界レベルという視点に話題を変えますと、強大なコンピューティングパワーが使えるようになった今、人類と地球はどうなるのでしょう。

山下:宇宙全体で考えると、我々人類の生産性ってまだ圧倒的に低いと思うのです。過去の文明を見ると、生産性が高まると人類は外側の地域に出て、自身の文化圏を広げていくようです。だからイーロン・マスク氏やヴァージングループのリチャード・ブランソン会長といった有名な企業家は、宇宙を目指すのでしょうね。

山下克司
日本IBMグローバル・テクノロジー・サービス事業本部ディスティングイッシュトエンジニア

1987年 日本IBM入社。業務パッケージの開発などを経て、ネットワーク分野のテクニカル・リーダーを務める。 2007年 ネットワーク仮想化技術などの技術貢献を評価され、米IBMからディスティングイッシュト・エンジニアに認定、技術理事に就任。2010年-2012年 日本IBMクラウド・コンピューティング事業の技術統括をするチーフ・テクノロジー・オフィサーに就任。現在はグローバルテクノロジーサービスのデリバリー部門の技術理事

 

 

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブであり、柴沼俊一/瀬川明秀を中心に活動しております。詳細は以下をご確認ください。
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