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世界でも珍しい「独自性」こそが日本の魅力。
力強い成長を今後も続ける中国、唯一の不安材料をあえて言えば?

Future Society 22

 

聞き手:柴沼俊一 瀬川明秀

 

霞が関、マッキンゼーを経て、中国・上海でベンチャーをはじめた金田修さん。デジタルとリアルビジネス、ミクロとマクロ、官と民、そして日本と中国。あらゆる軸で世界のいまを語れる稀有な経営者である。今回は中国ビジネスと未来の世界について聞いた。

──金田修さんは1997年に財務省に入省、その後マッキンゼーのパートナーを経て、2011年に中国で起業されました。中国のビジネスの現状をうかがうならば、最も適した人の1人ではないかと思っていました。同時に今日は、ちょっと未来のお話もお伺いしたいですのですが、まずは、金田さんの今のお仕事について教えていただけませんか。

金田:現在、「游仁堂(New Yoren Limited, 略称Yo-ren)」という会社で、日本企業のブランド、商品、サービスを中国で展開するお手伝いをしています。

「游仁堂(New Yoren Limited, 略称Yo-ren)」

たとえば、日本の「Tポイント」、「Pontaカード」みたいな、カードに付帯するポイント・サービスの運営をしています。中国の都市部では、スマホによる決済サービスが日本よりも進んでいます。コンビニでの決済も都市部では6割以上がAlipayやWeChatPayなどスマホアプリによる決済です。新しいデジタルサービスは中国の方が導入しやすいこともあり、実験的な試みで協力することが増えていますね。

二つ目の分野は、日本企業の商品やブランドのファンが集まるコミュニティサービスですね。「子ども向けブランド」の、デジタルとリアルをつなぐ中国語でのコミュニティづくりを運営しています。

そして三つ目が「健康」に関するサービスです。最近、中国でも「健康」への関心が高まっています。ジョギングとかマラソン向けのシューズやウエアなどのグッズは、対前年50%増の勢いで伸びています。日本メーカーのシューズ、ウエアは中国でも人気が高いのですが、その一方で、買ってくれた人々のコミュニティづくり、デジタルでの存在感を示すことには苦戦しています。

──文化の違い?

金田:中国では、グーグル、フェイスブックをベースにしたものは参入できません。米国や日本で展開しているサービスをそのまま持ってくるわけにはいかないんです。いわゆる「チャイナウォール」。そこで、中国国内でのコミュニティづくりを得意とする我々がお手伝いする仕事が増えています。

──なるほど。

金田:世界中の企業が個人の「健康情報」に注目しています。ご存じの通り、すでにスマホやウエアラブル端末では、個人の運動データや睡眠データが把握できます。定期的に健康診断や血液検査をすれば、その情報も揃います。さらにいえば遺伝子情報も取れる状況です。

そこで、あと人間の健康状態を正確に把握するうえで大事なのが「食のデータ」なんですね。いまこの分野を誰がとるのか、競い合っています。よく、スマホで撮った写真で栄養データが正確に推測できるぐらい簡単にならないと記録したいと思わない、とか言われますが、いちいち写真を撮るのも面倒なんです。ここでは、なんらかの新しい技術的なブレークスルーも必要なんです。

「IOH」の世界が実現したとき、企業ブランドはどうなる?人間の欲は?

──いわゆる「IOH (Internet of health)」の世界ですね。

金田:そうです。仮に「食事データでエネルギー、栄養素まで把握できる」ようになったら、「あ、この人はいまプロテインが足りないな」とか、自動的に判断できるようになります。さらに、「この人の好きなプロテインはこれだったな」ということも分かっていれば、自動的に商品を注文し届けることもできるのです。

ここで重要なのは、消費者がアタマで認知していなくとも購買行動とつながるようになるということです。極端な話ですが、そうした時代では、メーカーやブランドの意味が希薄になっていきます。

──たとえば、「夜中に食べるラーメン」って美味しいですよね。「ああ。また食べたいなー」と思う。これって脳内での欲求としては全然OK。これがトリガーになって、ラーメン屋に駆け込むのが現在の消費行動です。でも、健康的にはどうか?といえば、「この人の場合はNG」と判断される場合もありますよね。そのとき、どうするのか?

金田:そう。健康状態で判断するならば、ラーメンは自動的に注文されなくなるでしょう。

「それでも欲しいんだ!」」という場合どうなるのか?ここに新しい問題がでてきます。健康に悪い欲求を抑える技術も必要になってくるでしょうね。

5年先、10年先を予想するのが難しい

──いま、こうしたちょっと先の話を取り上げるのは難しいんです。たとえば、イーロン・マスクが脳の神経と情報をダイレクトにつなごうとしていますよね。この話、SF映画みたいなんですが、5年、10年ぐらいの時間があれば、現実的に使われている可能性があるんですよね。この話を「まだ先」と思うのか、「数年後にはやってくる世界」と考えるかどうかで、いま取り組んでいる仕事から、社会に対する見方まで全然違うんですよ。

金田:まったくその通り。僕たちは「既存の前提」をどれだけとっぱらって考えることができるのか、日々試されている気がしています。

今年のGW、久しぶりに日本にもどってきて、実家の横浜・関内にプロ野球を観に行ったんですよ。僕、学生時代、関内の吉野家でバイトしていたことがあるので、懐かしくなってお店を覗いたんです。すると20年前と同じ要領で店長がテキパキ働いている。僕がやっていたころと、ほとんど同じで、いま、お店にはいっても僕、30分後にはちゃんと働けると思います(笑)。吉野家での作業ってよく考えられていて、たぶん店舗デザインも人間工学的な観点が入って作りこまれているんです。そんな仕事が20年前に完成していたんです。

この話を中国のLINEであるWeChatのモーメンツでシェアしたんですが、その時の反応が面白いんです。ちなみに関内の吉野家の時給は870円が1100円になっていたので、20年間で26%増ではありますが…。

──皆さんの反応はどうだったのでしょうか?

金田:「ヤバい」です。この「ヤバい」には二つの意味があります。中国では、あらゆるものが日々変わっています。それなのに日本ではこの20年間、同じ仕事があり、その付加価値にまったく変化がない。そんなものが存在することが「ありえない」と。ちょっと馬鹿にしたリアクションとしてのヤバいです。

その一方で、「変わらないものがある、それだけ安定的な社会があるなんて凄いという意味での「ヤバい」という意味もありました。

「游仁堂(New Yoren Limited, 略称Yo-ren)」

──中国国内の人たちは自分たちが住む社会をどうみているのでしょうか。指数関数的に拡大し続けている社会に生きる感覚って…。

金田: 国内にいる人たちが客観的に自分たちの社会を観ることはなかなかできません。いわゆるチャイナウォールもあり比較対象となる情報も少ないこともあります。

規制や情報断絶という意味では、日本にもかなり高い“ジャパンウォール”があります。そもそも、吉野家がこんなオペレーションを究極まで追求できるのも、明日、突然、「変わらない」という前提があるからです。明日も明後日も、将来も大きな変化がない──という予見の中で、同じ作業を極限まで突き詰めることができるのか?そのラットレースを続けているのが日本だと思うのです。

一方、世界、特に中国では、「明日のことは予見できない」ほど、激しい変化の中で生きています。「予見」をバンバンかえるゲームをしている人たちにとっては、「何も変わらない」日本の世界も不思議でしょう。

いまの日本って「観光対象」としてはめちゃめちゃ面白いんですよ。変わらないもの、懐かしいものが日本にはいっぱいあるからです。もっとも、この事実が、霞が関にとっては望ましいことなのかどうかはわかりませんけどね。

中国の成長に限界はあるのか

──今回お伺いしたかったことの一つが、「このまま中国は成長を続けるのか」です。どうでしょうか。

金田:僕は国際政治の専門家ではありません。あくまでも、中国上海に住む中小企業のおっさん(笑)としての意見ですが…

現在、中国の政策もあり、いろんなセクターで“指数関数的に成長する大企業”がいくつも生まれています。この中には、今後、大成功する企業もあるでしょうし、特定の分野、個別の企業単位では失敗し、破たんする企業もでてくるでしょう。

それでも、マクロでみれば、こうした個別セクターの失敗さえあまり影響を受けない状態です。最近、日本から視察に来ている経営者たちの多くも、現地をみると「楽観的」になるほどです。

中国人って中産階級も含めて「商人」であり「投資家」なんです。だから、仮にどこかが止まっても、ほかが動いている限り市場は大丈夫、マクロでの資産が減らない限り不安だと思わない。マクロで成長するという期待があり続ける限り、その前提でみな動きそうです。

──米国では社会格差の問題が話題になってきています。中国でも、貧富の差が問題になっていかないのでしょうか?

金田:いまのところ大きな問題にはなっていない理由の一つとして、政府が意識的に社会インフラ投資を手厚く続けていることがあるでしょう。貧富の格差はありますが仕事はある。ビジネスチャンスがあるからこそ、格差が問題になっていないといえます。

──仮に崩れるとすれば?国際情勢的など外的な影響から変わるのでしょうか。

金田:国際情勢の不安リスクは高まっていますが、仮に、現在の流れに大きなターニングポイントがあるとすれば、中国人が一番信頼している「家」「家族」が揺らぎ始めたときではないでしょうか。

中国政府は、個人が“より豊かな生活”を求めることに規制をかけていません。個人の相続や所有する金融商品に対する課税に対しても消極的です。つまり中国人が一番信頼している「家」「所有物」に対しては圧力をかけようとはしてないのです。つまり、中国人社会の安定のよりどころである「家」「家族」について触れないことで、社会的な安定を保ってきたといえます。しかし、中国も個人が経済的に自立し、生存本能を根底とした家族観というのが揺らいでいる部分もあり、離婚率も増えていました。こうした価値観の変化が、今後、どれぐらいの時間軸で社会的に影響を与えるのか──。これは意識すべきポイントだと思っています。

社会インフラを制御される時代

──世界の覇権争いは、シーパワーとランドパワーの戦いという見方があります。海(海運、海軍)を制圧するものがシーパワーであり、歴史的にはシーパワーの方が強かった。しかし、リアルの地政学のみならずデジタルの世界が拡大したいま、こうした見方に「変化」はありませんか?

金田:モノの流通量からすれば海での物流量が依然として多いので、「今後も変わらない」と言えます。ただ、確かに、デジタルの世界もありますよね。世界中の情報がネットでつながり、今度はネットとモノが直接つながりはじめました。最近のサイバーテロ攻撃などをみていると、軍事力を誇示せずとも、その国のインフラに攻撃することだってできるようになるかもしれません。

──悪意ある「攻撃」などせずとも、個別企業がほかの国の社会インフラの制御システムを握ることで、結果的に制覇することもできる時代がくるかもしれません。中国はそうしたリスクに敏感ですよね。

金田:最初から、そのことを分かっていたのか、途中から気がついたのかどうか分かりませんが、近代国家としての中枢機能を維持するため、外国製の製品を導入することに対しては、かなり敏感に対応してきました。でもほかの国はどうでしょう…。かなり不安な状況も想像できます。

もっとも、物理的に領土を占拠されたり、死者がでたりするわけではない、となれば、国は何のために何を守るのか…別の難しい問題がでてきます。

──国の定義が曖昧になっていくとすれば、行き着く先は「地球人」「非地球人」となりませんか。「地球」という限られたパイの中での奪い合いをしていても、コストがかかるばかりになるでしょう。最近、宇宙ビジネスの議論が真剣にされているのも、こうした見立てをする人たちが増えてきているからではないでしょうか。普段は、「変わらぬ明日」を前提にビジネスしているのに、その一方で、大きなパラダイムシフトがやってくるための試行錯誤もしないといけないのはタイヘンです。

金田:うーん、自分の仕事とか、生きる意味とかから考えたくなります(笑)。

僕はいま中国にいてチャイナウォールの内側にいる“外国人”として働いています。中国にいて日本とつなぐお手伝いをしている。今やっている仕事は、実は数千万人のバーチャルな国家を作っているのと同じだと思っています。中国という地理的な国家の中に、日本的コンビニがある便利な生活、子供を安心して育てられる社会、ちょっとした日々に幸せをもたらすアイテムに囲まれた生活、そうした日本的な生活が好きな人のバーチャルなコミュニティを作っていくことがYo-renとしての使命だと思っています。これはこれで「価値がある仕事」と評価してくださる方々も多いのですが、でも、そもそもそれは「国」があり、「国境」があり、そこにデジタルが侵食している、という「現代」のパラダイムが前提の仕事でもあるんですよね。これ、先ほどの話じゃないですが、「国境」がなくなったら意味ないわけです。目先の仕事も大事だけど、将来のために動く時期かもしれませんね。

──原研哉さんが仰っておられますが、地図をみると、日本って世界で生まれた文化を引き受ける最後の器のような位置にあるんですよね。右端に日本が位置する「メルカトル図法の地図」を右側に90度回転させ、日本を底辺にしてながめてみると、世界で生まれた文明がそれぞれ3つのルートを辿って日本にやってきた歴史的な道筋がみえてきます。大陸で生まれた豪華、絢爛、きらびや、贅を尽くした美術品、戦いに明け暮れた歴史が作り上げた思想すべてが、最終的にたどり着いた場が日本。あまりにも雑多で多様な価値観を受け入れた結果、何が生まれたかといえば「空」だった。現代の「多様性」を解決する文化的なツールをすでに日本は備えているともいえるんですね。

金田:いま日本発でヒットしているものって、世界に向けて発信されているんだけど、コンテンツとしては日本人からみても独特なんですよ。メインストリームではなくスーパーローカルなものが多い。先ほどの「観光資源」ではないけど、独自であることが魅力であり強みなんです。やはりそうした「独自性」みたいなものを掘り下げていくことが、僕らがやるべきことの一つなんでしょうね。

金田 修

金田 修 Osamu Kaneda
1974年 神奈川県横浜市 生まれ。
1997年 東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。
2001年 ロチェスター大学経営大学院修了 同年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。
2007年–2011年 パートナー
2011年から現在 游仁堂(ヨウレンドウ) CEO
日本のコンテンツを中国に広めるプラットフォームとなるべく、コンビニやママ系のプロダクトなど、中国で支持されている日本ブランドと共同でスマホ会員を育てて、相互送客できるコミュニティづくりを目指している。このコミュニティを生かすべく、同時に、「ほぼ日」手帳などのプロダクトや中国でも活躍しておられる作家・ライターなどコンテンツ自体のデジタルコミュニケーションの総代理事業も担っている。

・游仁堂企業サイト http://yo-ren.com/ja/

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