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歴史好きの出口治明氏と、あえて「未来の話」をしてきた

出口治明 x Future Society 22

ライフネット生命の創業者・出口治明さんは、2018年1月に立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任される。11年前、還暦60歳のときに、ネットを活用した生命保険会社をゼロから立ち上げた出口さんは「ビジネスのことは歴史から学んだ」と言うほどの歴史好きで有名だ。ドメスティケーション以降の人類1万3000年の「歴史」を学び続けることで、自分なりのリーダー論、思考法、行動力を鍛えてきた出口さんは「未来のことを考えるよりも、起きたことに対応できるだけの力を備えよ」というのが持論だ。その出口さんにFuture Society 22はあえて「未来」の話を聞きに行った。(聞き手:柴沼俊一 構成:Future Society 22)

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出口 治明(でぐち はるあき)

ライフネット生命保険株式会社 創業者

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年に代表取締役会長に就任。2017年6月から創業者として、ライフネット生命の広報活動・若手育成に従事。

主な著書に、「生命保険入門 新版」(岩波書店)、「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)、「生命保険とのつき合い方」(岩波新書)、「『働き方』の教科書」(新潮社)、「人生を面白くする 本物の教養」(幻冬舎新書)、「働く君に伝えたい「お金」の教養」(ポプラ社)、「「全世界史」講義Ⅰ・Ⅱ」(新潮社)、「仕事に効く教養としての『世界史』Ⅰ・Ⅱ」(祥伝社)、「世界史の10人」(文藝春秋)など。

――Future Society 22では「未来の豊かな社会」についていろんな専門家の方々にお尋ねしています。でも、出口さんは「人間に未来のことは分からない、歴史を学べ」とおしゃっていますよね。なぜ歴史なのでしょうか。それをテーマに今日はお話をお伺いできればと思ってきました。

出口:歴史をみていると、人間は1万3000年たっても、少しも賢くなっていないことがよく分かります。人間、本当に賢かったら、これまでだって未来のことを考えて、それに備えることができたはずです。でも残念ながら、起きたことに適応するしかなかった。僕は、ダーウィンが言っていた「適者生存」は正しいと思っています。賢いもの、強いものが生き残るんじゃない。変化に適応することだけが「生き残る術」であると。では適応力ってどうやって鍛えればいいのか。先生につくことです。スキーだろうがテニスだろうが、先生につかないとうまくはならないでしょう。適応力を鍛えるには先生が必要なんです。

――人間にとっては、誰が先生に?

出口:昔の人たちです。そして生きた教材となるのが「歴史」です。その時代の人間が決めたこと、その結果何が起きたのか――それをきちんと学ぶことだけが、適応力を鍛える全てなんです。

みなさんは大震災がもう一度来ると思いますか?災害の時どうしていましたか?人々は何を考えどう動いたのか覚えていますか?当時のことを知っている人と知らない人とでは、仮に次の震災が起きた時の対応が違うと思いませんか?何かを経験した人たちのその時の考え方とその結果をみることが、とても大事です。

         

自分が生きてきた時代の常識、成功体験から自由になれるか?

――でも、歴史に詳しくなるほど、最先端の社会への対応が疎くなることはないでしょうか。

出口:だとしたら、それは学び方が甘いのです。過去に正しかったことが今も正しいとは限りません。今の正しいことも、歴史的には正しいかどうか分からない。これがまずは大前提です。

 

人間は自分が生きてきた時代の社会常識や成功体験に囚われて考えがちです。例えば、日本は昔から夫婦同姓の国だったと思いますか?あれは明治以降につくられた制度であり、源頼朝と北条(平)政子のように、日本は平安時代から夫婦別姓の国です。「歴史」というタテ軸だけではなく、現代社会のほかの国、つまりヨコ軸で比べてみてもそうですよ。先進国の中で、法律婚で夫婦同姓を強制している国は日本だけです。要は、根拠が何もない社会常識だけで何かを考えても、大した答えは出ないということです。

 

社会の出来事をすべてゼロクリアで見直して、タテ軸(歴史)とヨコ軸(現代の世界)で切って、数字とファクトをもってロジカルに考えることが「学ぶ」ということです。余談ですが、こうした考え方を深めるには社会心理学者・小坂井敏晶さんが2017年に出版した『答えのない世界を生きる』(祥伝社)が面白いですよ。

――小坂井さんは「なぜ常識や正しいと言われるものほど疑わしいのか」について解説していますね。

出口:根拠のない「常識」は使えませんが、人間の「思考の型(かた)」は使えるのです。人間の思考の型のパターンはそれほど多くないので、集中すれば案外簡単に学ぶことができます。特に、長い時間をかけても淘汰されずに残っている先人たちの思考様式を学ぶことは、大きな意義があります。

        

心配になる「日本のリーダー」たちのリテラシー

――僕らが学んできた「世界史」って、限られた西洋史で、圧倒的に狭いエリアでの物語ばかりですよね。出口さんの『全世界史Ⅰ・Ⅱ講義』(新潮社)では、いわゆるヨーロッパ以外のイスラムなどの歴史も取り上げてありますが、日本の学生、社会人って世界の歴史を学ぶ機会ってほとんどない。

出口:日本のリーダーたちのリテラシーが低いからですよ。大学進学率が低く、大学でも勉強しないので、ある意味仕方がありません。例えば、日本の経営者が関心をもっていることといえば、自社の経営計画、しかも目先の数字だけでしょう?歴史的な潮流の中のモノを考えないし、世界で果たすべき役割などもあまり考えません。マスコミにも責任がありますよ。

たとえばSDGs。グローバルの企業経営者たちは、SDGsに向けて中長期的な計画を考え始めています。ところが日本の企業経営者の多くは「SDGsってナニ」というレベル。(FS22関連ブログ:「豊かな社会」には「貧困撲滅」が必要だが十分条件ではない。人間は段階的に進化できる

「シンギュラリティ」など起きるかどうかも分からないことを考えるより、2030年をターゲットにしたSDGsのような、将来に向けて世界中がチャレンジしているような行動をとってほしい。ちなみに、僕が1月から働く立命館アジア太平洋大学(APU)も、すでに2030年をターゲットにしたビジョンを策定しています。「APUで学んだ人が行動して世界を変える」という素晴らしいビジョンですよ。

未来は怖いものなのか?豊かな社会とは何か?

――シンギュラリティの話にせよ、地球規模の社会的課題せよ、日本企業の経営者が中期的なビジョンにこうした視点をうまく組み込められないのはどうしてでしょうか?

出口:豊かな未来社会って何ですか。人間だれしも、ご飯が食べられて、寝床があって、服が着られる――衣食住が満たされていることがまずは大事ですよね。そのうえで子供が産みたければ安心して産める社会。あとは働く場があり、そこでは「上司の悪口が自由に言える」環境がある。嫌ならば他の場所に移動できる自由が保障されていること。それで十分ではありませんか。人間はしょせん動物です。大昔の小説やお芝居や音楽にも感動します。この1万3000年の間、人間の喜怒哀楽の感覚に、一人ひとりそれほど大差はないのです。つまり「豊かさ」の定義もそれほど変わらないのです。

――それなのに、いま「豊かさ」が分からなくなっているのは、人間が動物だったことを忘れているからですか。

出口:そうですね。あと、やはりリテラシーの問題が大きいと思います。みんなタテ(過去の出来事)もヨコ(他国の出来事)も知らなすぎますね。最近、若い人たちと話をしていると、多くの人たちが「日本の将来が不安だ」と言うんですね。「超高齢化社会が不安だ」と。昔は若者10人以上で高齢者1人を支えていたのに、それが騎馬戦状態の3人で1人を支えなければならなくなり、いまや肩車、1人で支えないといけない方向に向かっている。「本当にこれからも社会を支えられるのだろうか」と不安視しているんです。

でも、実は、これ間違っているんです。どこが違うかわかりますか。

――老人を「負担」ととらえていることでしょうか。

出口:いいえ。「若者が高齢者の面倒をみる」ことを「当たり前」としてとらえていることがそもそも間違っているのです。

例えば世界の状況をヨコ軸でみてみると、欧州ではすでにヤングサポーティングオ―ルドの世界から、オールサポーティングオールの世界に移っています。みんなでみんなをサポートする。「困っている人をみんなで支援する」という世界に移っているのです。税金でいえば、働く若者からお金を集める「所得税」の世界から、「みんながみんなを支える」消費税の世界にシフトしています。つまり年金フリーで考えるということです。

そもそも仕事の成果って「意欲×能力×体力」の掛け算ですよ。年齢は関係ありません。間違った前提をおいて将来を見ると、見誤る、ということをもっとみんなが自覚しないと。

        

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人間が創造あるいは想像することは、「人間」に似てくる

――人間が「動物」であるという言葉から思い出しましたことがあります。話はちょっと飛ぶのですが、生物と経営って似ていると思うんです。『動的平衡』などの著書を持つ福岡伸一さんが「人間は脳ですべての機能を集中管理しているのではない。細胞レベルで、周囲の環境に反応しながら自らの機能を選んでいる」と言っていますよね。企業マネジメントに携わるようになって「経営も生物の動きに従った方が正しいじゃないか」と思うんです。

出口:人間が創造したり、想像したりするものは人間に似てきます。所詮われわれは、せいぜい身長170センチ、体重70キログラムのサイズの動物の感覚がとらえた「世界」でしか物事を想像できないんです。「怪獣」だって、頭が一つで手が二つで足が二つでしょ? そう考えると、人間がつくる組織形態も自然と人間にとって想像しやすいものになっていくんでしょうね。

人間1人ができるマイクロマネジメントはせいぜい3人、最大でも10人といわれています。これは指十本、人間の身体的特徴と無縁じゃない。ですから、紀元前の遊牧民の軍隊から10人単位の部隊をいくつも積み上げていく組織マネジメントが好まれてきたんですね。これは理にかなっているんです。

     

時間軸の捉え方には直線的と円環的がある。あなたはゴールを意識しているか?

――「人間が想像するものは、人間世界に似てくる」。そういえば、出口さんがある対談で話していた「成長や時間の捉え方」の話が面白かったです。時間の捉え方には二つある。一つは出発点があり終わり(ゴール)があるという考え方。もう一つが季節のようにぐるぐると回る円環的な考え方。この違いを意識して、物事を見るんだ、という指摘は「なるほど」と思いました。

出口:新しい年の迎え方も違います。ヨーロッパやロシアやアメリカに住んでいる人たちは新年が来ても、「年が一つ積み重なるだけ」という感覚です。年が積みあがっていくだけで、時間の流れが「直線的」です。これはゾロアスターが考え出したことであり、そのアイデアをキリスト教が受け継いだ。もともとは人間の一生をとらえたもの。生まれてから死ぬまでを直線としてとらえています。

かたや日本などアジアは、新年を迎えるとすべてがリセットされる感じがしますよね。季節が巡るように、自然とともに暮らしてきた農耕文明で育ってきた国の人たちには「円環」的な時間の捉え方がうまいんです。世界の大宗教は、時間の捉え方が直線的なのか円環的なのかで大まかな分類ができますが、今残っている大宗教は、どちらの考え方も生かしながら発展していますね。

ビジネスではどちらの概念も必要なんですが、先ほどの新年でリセットされる感覚を持っている日本人は、「直線的な概念」が弱いように思います。直線的な時間概念を持った人たちは「到達点」を意識し到達点から今を考えます。だから、将来を見据えた計画づくりがうまいのでしょうね。

           

「格差」はなぜ生まれる?みんな得意なことが違うから

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――最近、じっくり育てるのではなく、ゼロから突然大きなビジネスを打ち立てる動きが目立ちます。これもビジネスでの時間軸の捉え方の違いを感じます。「成長」がいいことなのか悪いことは別として。

出口:「成長」はいいことですよ。戦後日本の社会がうまくいったのは、毎年7%ほどの成長を続けたからでしょう。10年たてば所得が倍増するレベルの成長。その成長のお陰で日本は中間所得層が増えました。そして社会が安定したのです。問題は1990年代以降、高度成長期の製造業主体の工場モデルを、なかなか変えることができずにいることでしょう。バブル崩壊後20年以上経済が停滞。先進国の中ではアメリカにも欧州にも成長率で負けている。その結果、社会全体が成長していたときには隠れて見えなかった「格差の問題」などが、露わになってきたのです。

 

ところで、皆さん。そもそも「格差」ってなんで生まれると思いますか?

――配分の不平等?

出口:人間の能力そのものに差があるからですよ。スポーツが得な子もいれば、下手な子もいたでしょ。勉強が得意な子もいれば苦手な子もいた。子供の頃からみんな得意なことが違っていたでしょう。それが、大人になってみな一様にお金儲けが上手くできるようになるかといえばそんなことはない。個性は変わりません。むしろみんな得意なことが違う方がいいんですよ。それがダイバーシティです。

とはいえ、社会が安定するためには、人間として幸せに暮らせる収入をそれなりに享受できる「中間層」がより増えるようにしなければなりません。そのためには全体のパイが成長し、増え続けていくことが大事です。その中で、昨年より「増えた」分を原資に貧困層を助ける、というのが配分の基本的な考え方でしょう。

――ここで、 “あえて”聞きたいのですが、経済には貨幣経済と非貨幣経済がありますよね。この20年以上、現役世代が使える「お金」は一向に増えずにいます。ただ「ソーシャルネットワーク」「シェアエコノミー」のサービスが増えたおかげで、昔ならば到底実現しえなかったであろう「新しい豊かさ」を享受できるようになった側面があると思うんです。無料で使えるサービスも増えてきましたし。おカネで換算できない非貨幣経済の規模や成長も無視できないと思うのです。

出口:非貨幣経済の豊かさを考えることができるのはどういう状態か。そうしたサービスを自由に使えるだけの貨幣的経済の豊かさがあることが、大前提だと僕は思います。おカネがそれなりにあってこそ非貨幣経済の議論ができるのです。非貨幣経済だけを取り上げた成長の議論はできないと思いますが、いかがでしょう?

                

生産性を上げるのは難しくない。空間や時間を制約すればいい

――まずはGDPの成長なしの非貨幣経済の議論は意味ないと。GDPは「人口」×「生産性」。それぞれをどうやってあげていくかが問題ですね。

出口:人口はフランスを見習って同じ政策(シラク3原則)を行えばいいですが、当面は1人ひとりの生産性をあげることです。一番簡単な方法は残業禁止ですよ。午後7時、8時に電源を切って、オフィスを使えなくすること。「遅くまで会社に残っていること」は世界の常識ではありません。「長時間労働で生産性があがった」という本や論文をみたことがありませんよ。制約があるからこそ、生産性をあげようとみな工夫をするのです。

それに、会社から早く退出できるようになれば、会社以外の友達とも会えるようになるし、本でも読もうか、講演でも聞きにいこうかと考えるようになる。勉強もするようになります。人間は何ももせずにボーっとしていることに耐えられえない動物ですから、自分で工夫して動き出します。それが結果的に、新しいサービスを産みだすことにもなります。ちなみに、「会議を減らそう」という話をよく聞きますが、一番いい方法は「会議室を半分つぶすこと」ですよ。

            

男性もオキシトシンは出る。「男性の育児」は科学的にも必要です

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――出口さんのお話は常に「動物としての人間」に戻るんですね(笑)。この10年で脳科学はすごいスピードで進化したと思います。脳科学関係の書籍も急に増えました。脳科学関係のファクトで出口さんが注目された話題はありますか。

出口:シンギュラリティの議論は、人工知能の専門家よりも、脳科学者たちの議論の方が面白いですよ。脳はまだまだ分からないことが多いからです。僕は、人間を超えるシンギュラリティは当分来ないと思っています。もっとも、AIが格段に進化したことで、日常生活やビジネスに使えることがいろいろでてきたのも確かですが。

 

脳の研究も、AIに劣らず進化し続けています。例えば、親と赤ちゃんの関係。女性が出産後、自分が産んだ子をかわいいと思うのがなぜかといえば、出産後に「オキシトシン(Oxytocin, OXT)」というホルモンが大量に脳内に分泌されるからなんですね。このホルモンのおかげで母乳も出やすくなる。これは別名「幸せホルモン」といわれていて、仮に「年間10万円で365日24時間働きなさい」というトンデモナイ労働契約書を前にしても、このホルモンが分泌されたら人間は喜んでサインするんです。だからこそ「命がけの出産」も「睡眠不足でボロボロになる子育て」も厭わずに続けるんですね。(「パパは脳研究者: 子どもを育てる脳科学」池谷裕二著)

 

一方、男性はどこで子供をカワイイと感じるようになるのか。実は、男性も赤ちゃんを育てる作業を通じてオキシトシン(Oxytocin, OXT)が分泌されることが分かってきました。そのプロセスを通じて子供に対する愛情が芽生え、子供とのつながりが生まれる。だから父親が育児休暇をとり育児、子育てをするのは、科学的にも必要なんです。さらにいえば、育児に参加しているお父さんの方が、脳の活性度が高くなり、結果的に職場での生産性も高くなる、という研究もあります。(「育児は仕事の役に立つ: 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ」中原淳・浜屋祐子著)

 

日本企業の子育てを支援する姿勢が問われています。ある企業では、全男性に1日だけ育児休暇を強制的にとらせているところがあります。そして、「男性の育児休暇取得率100%」などとPRしている。それはメディア露出や政府のアンケート調査対策のためだけにそうしているんです。でも、1日ではオキシトシンなど出ませんよ。男性の育児参加が社会的のみならず科学的にも大事なことであることを理解していれば、経営者もこんなことをしないはずです。

――俗っぽい常識を打ち破るためにも、歴史のみならず、科学的な視点が大事であると。

出口:先ほどの幸せホルモンが分泌しやすい条件・環境からも分かるように、どうすれば人間の生産性が職場でもあがるのか、脳科学の研究も増えています。結論からいえば、「ワクワクする環境」があれば、人間は放っておいても頑張る。自分が楽しい、面白いと感じている限り働くんです。さらにインセンティブを与えればもっと働くんです。

          

いつでも元気で明るく楽しい表情がつくれない人はリーダーになってはいけない

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――ワクワクする環境の要件ってなんでしょう。先ほどの「動物的な幸せ」で考えれば、個人が「得意なことができて」「上司との関係性が健全で」「選択の自由」があること、ですかね。

出口:上司そのものが決定的に重要ですね。職場の労働条件の100%以上は上司です。いつでも元気で、明るく楽しい表情がつくれない人はリーダーになってはいけません。中国のリーダー養成の古典『貞観政要』にも、「人の上に立つ人間は、ポケットに鏡を入れておかなければならない」と書いてあります。カッとなったり、腹が立ったりしたら、鏡で自分の顔を見なさい、ということです。

この『貞観政要』はおよそ1400年前、中国の唐の時代に国内が安定した「貞観時代」の政治のポイントをまとめた書物。その『貞観政要』の「三鏡、『銅の鏡、歴史の鏡、人の鏡』」に書かれています。簡単にいうとリーダーは3つの鏡を持たなければいけないということ。まずは「銅の鏡」。「自分が、元気で明るく楽しい顔をしているか」をチェックすること。2つ目に「歴史の鏡」。過去の出来事を教材として学ぶこと。3つ目が「人の鏡」。部下からの厳しい直言や諫言を素直に受け入れること。僕流にいえば、「元気で、明るく、楽しい職場をつくることがリーダーの仕事のすべて」。組織として生産性を上げるのも、おおもとは「元気に、明るく、楽しく」以外に解はないんです。

――最近まで、そんなことをいう日本の経営者はいなかったと思います。1400年前の有名な帝王学の書にも書いてあったのに(笑)。

出口:日本経済は高度成長期までは、製造業の工場モデルが牽引役で主役。それがために工場などの「設備」を効率的に運用するマネジメントだけが重用され続けてきました。設備として「ヒト」も「モノ」と同じ扱いをする管理方法ばかりで、ヒトの生産性を真面目に考えたことがなかったんですね。ある意味、「特異な時期」だったのです。でも、いまやサービス産業がGDPの4分の3を占めている。サービス産業は人の自由な発想がすべてです。これからは、優秀な工場労働者ではなく、とがったスティーブ・ジョブスを創らなければならないのです。

――でも、そういった特異な時期に育ってきた世代のおじさんたちは、突然「笑え」と言われても困りそうです(笑)。

出口:そうしたおじさんには「平社員」にもどってもらえればいいんです(笑)。年金フリーが原則ですから、プロ野球と同じです。これまで年齢を基準にヒトの能力を測ろうとしてきたことが特異だったんです。

――最初のお話にあったように、やはり「いまの常識」だけに囚われてしまっては誤った方向に進んでしまうということですね。

出口:環境の変化に対応できなければ大国も衰退していきます。かたや危機的な状況に陥ったとしても、「中興の祖」的なリーダーが現れ、経済を回復させ、安定を取り戻した国も沢山あります。衰退を止めるにはどうすればよかったのか――歴史には「もしも」がないのと同様、正解もありません。

確かなことは、一人ひとりが行動しなければ変わらない、ということです。我々は過去から学ぶことができます。自分から動き、地域や組織や国、そして未来に働きかけることだけができるのです。

――そうですね。我々もそうありたいと思っています。

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブです。詳細は以下をご確認ください。

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