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100歳時代の医療サービスってどうなっているのか?

Future Society 22

 

聞き手:柴沼俊一、瀬川明秀

医療機関のシステムは40年間変わっていない。「サービス」という視点でフローを見直してみれば、もっと患者さんにも医者にもやさしい仕組みができるはず。──そんな発想で新しい病院システムづくりに取り組んでいる、クリニカル・プラットフォーム社代表鐘江康一郎さんに、現在のお仕事と、未来の医療、ヘルスケアの話を聞いた。

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──いまから20年前、「現代の工業社会はやがて知識社会へと変わっていくであろう」といわれていました。でも、実際にやってきた今の社会って想像していた「知識社会」というほど生易しい社会じゃなかった。どちらかといえば、ジェレミー・リフキン氏が言う「限界費用ゼロの社会」。コミュニケーション、エネルギー、ロジスティックなど、いろんな場面で「限界費用ゼロ」を予感させる現象が起きていると思います。

過去、「産業革命」が起きたとき、金融や教育など社会の基本的な仕組みがガラリと変わったように、今回も社会インフラを揺るがすほどの激しい変化が起きるはず。現段階では、どんなことが起きるのか予想はできないのですが、僕らなりの「新しい豊かな社会」のイメージを持っておくことが大事じゃないかと思っています。そこで、今日はそんな茫漠とした話を鐘江さんと一緒にしたいなと思ったんですが、いきなりそんな話をするのもなんなんで、まずはいま鐘江さんが取り組んでいるお仕事の話から伺えませんか?

鐘江:僕が2013年にはじめたクリニカル・プラットフォーム社でやろうとしていることも「限界費用ゼロ社会」を意識している部分もあるかもしれません。いま取り組んでいることを一言でいえば「現在の技術を使って、医療分野での利便性を高める」こと。医療分野には患者さんや、お医者さんにとって不便な仕組みがたくさんあります。それをゼロベースで見直して新しい仕組みに変えようとしています。

患者を待たせない病院はできる

──不便なことって?

鐘江:たとえば、柴沼さんが「病院に行こう」と思ったとします。すると、今は病院に行くと、まずは受付をして、病院で診察してもらうまで待合室で待つのが当たり前ですよね。でも待合室することと言えば、問診票に記入することくらいで、あとはただひたすら待つだけ。だから待合室には雑誌やテレビがあるんですよね(笑)。順番がくると呼ばれてお医者さんの診断。必要があれば処置をして、薬が必要な場合は処方箋をもらう。でもまだ終わりませんよね、次は病院内でその日のうちに会計を済ませるためまた待合室で待ちます。会計をしたら、次はもらった処方箋を持って調剤薬局に行きます。そして、ここで処方してもらうまでにまた待って、お会計を済ます……とこんなフローになると思います。

──はい。

鐘江:実はこれ40年間ほぼ同じ。患者さんを「待たせる」ことを当たり前としている仕組みなんです。じゃあ、お医者さん、病院の事務員にとっていい仕組みかといえばそうでもなくて、非効率なことばかりなんですね。だったら、いったんゼロベースで見直してみればいい。いまのテクノロジーを使えばかなり効率的な仕組みに変えることがたくさんあるんです。

たとえば、(1)病院に行くなら「予約」したいし、どれだけ待つのかも知りたい。整理券があってもいい。それはいまのスマホでもできますよね。「回転寿司」など外食サービスなら当たり前なんだから(笑)。(2)診察を待っている間にでも、タブレットを使って問診ができるし、そこで入力された情報を電子カルテに取り込むこともできます。問診情報から可能性のある病気を導き出す精度が高まれば、事前に病気の絞り込みができるし、もしかしたら、この段階で「この患者さんが行くべきは内科じゃなくて耳鼻科の方かも」といった判断ができます。

これができれば(3)実際にお医者さんとの診断は、対面しないと分からない作業に集中できるので、時間当たりの付加価値が高まります。(4)会計だって、なにもその日のうちに、帰るまでに計算しないといけない理由はない。タクシーサービスの「UBERウーバー」みたく、後日、クレジットでまとめて請求できれば、業務効率があがります。

そして、(5)調剤薬局での薬をもらうフローだって、今は「処方箋」の原本を手持ちしないといけない規則はありますが、事前に病院と薬局でデータをシェアさえできれば、患者さんを待たせずに済みます。「患者さんを待たせない」病院はできるんです。

──それぞれの段階のプロセスを改善するのは、いまの技術でもできそうですよね。それでもなかなか進まないのはなぜでしょう。将来像が見えないから? どっかで成功例をみせれば進むのでしょうか? 実は医療分野に限らず、学校教育など放置された分野ってたくさんあるんですが、それはなぜなんでしょう。理由が分かれば、みんな一歩進めると思うのですが。

鐘江:業界でよく言われるのは「ITリテラシーの問題」です。「うちの患者さんにはそんなシステムは無理」と答える医療機関は少なくないんです。ただ、これに対しては、僕は疑問視していて。実際60代の半分はすでにスマホ、使っているんですよね。今後、高齢者が使いたいと思うコンテンツが増えれば、解決するんじゃないかなとみています。

──ITリテラシーじゃないとすれば、何が障害に。

鐘江:二つあります。一つは過剰な法規制。たとえば先ほどの(5)のように、薬局には処方箋の原本を持ち込まなければならないルールがあります。これは見直してほしいですよね。
あと、このサービスの全体像を理解してもらうことの難しさもあるかも知れません。予約から会計までトータルラインナップがそろってはじめて効果が出る仕組みで、それぞれのプレイヤーにとってのメリットが説明しづらいんです。たとえば、電子カルテを導入しても今は点数があがるわけじゃないので、わざわざ変えたくないと思ってしまうんですね。

──「ウーバー」がなぜうまく立ち上がったのか?という問いに対して「ウーバーの仕組みをウーバー自身が運営したことにある」という見方があります。仮にウーバーがタクシー会社やドライバーにシステムだけを提供しているだけだったら、成功しなかった。当事者だから成功したというわけです。もしかしたら、鐘江さんも自分でクリニックを運営した方が早いかも。

鐘江:そうなんです。経営者、医師、薬局が「うん」といわないと全体のシステムがまわらない。だったら、自分でクリニックをもって「全体」を運営してみせようかと思っています。同じ会社ではできないので、クリニックは別事業。そのクリニックで「患者優先のサービス」を一気通貫で提供していきます。こうした病院を実際にみせれば、ほかの病院や地方自治体の動きも加速するとみています。

新しい医療の世界

──鐘江さんはいま40年来のシステムを変えようとしているわけですが、その先、次の世界ってどうなるのでしょう。将来、医療の世界では何が起きるのでしょう?

鐘江:医療者側と患者側で分けて考えてみます。たぶん医療行為はコンビニエンスに、コモディティ化に向かっていきます。実際、米国では「看護師」が対応できる医療行為の範囲が広がっています。外科的な対処、先端医療を別にすれば、現在の看護師かロボットなどが対応する分野が増えていくでしょうね。

──患者側はどうでしょう? 自分の健康データもリアルにとれるようになり、病気の診断・判断も自分で分かる可能性が高いですよね。だとすると、病院にいかずとも、自宅で治療するとか、予防医療がさらに広がる可能性はありませんか。

鐘江:短期と長期でわけて答えると、短期的には「そんなに“意識が高い人”たちばかりにはならないと思う」です。米国でメディカルドクター以外での医療行為が増えたり、予防医療への関心が高いのは、結局、医療費用がとても高いからなんです。病気をすると自己破綻するかもしれないという環境があるからです。日本は幸か不幸か医療へのアクセスが容易なので、病気にならないように意識を高く保つことに対するインセンティブが低いんじゃないかと思っています。

人生100歳時代の豊かさとは

──ではちょっと未来の話。医療技術が高度化して、セルフケアリングも高度化していくのはたぶん間違いない。「人生100歳時代」が現実になった時、「豊かさを体現する社会設計」ってどう考えればいいんでしょう。たとえば医療保険制度を見直す時期はきますよね。その時、保険って「互助会」的なものがいいのか。やはり、1万人に1人に起きるような重病、大災害に備えるものに戻るのでしょうか。

鐘江:人生100歳時代、何歳まで働けるようになるか分かりませんが、僕はやはり「働いている世代」の負担が軽くなるようにするのが筋であり、そこを「豊かな社会」として目指すべきだと思っています。ただし、現行の社会保障、医療という枠の中で最適解をみつけるのではなく、新しい枠組み、別次元のアプローチが不可欠でしょうね。

──新しい枠組み……。たとえば、フィンランドやフランスで考えられている「ベーシックインカム」の概念の議論に、医療も組み込んでしまえば一気に解決するかもしれませんね。あと、次元は違うかもしれませんが、そもそも、医療制度の問題って「国」という単位で解くべきことなのか、という議論が起きるかもしれません。いま、個人の健康データをとることでメリットが相当ある会社ってありますよね。製薬会社とか保険会社とか。もしかすると、ヘルスケアの問題って国の枠をこえて解決してしまうかもしれない。

鐘江:いま民間企業や研究機関を中心に、過去の医療論文、大量の診療カルテ、画像データ、優秀な医者の診断データの解析が進められています。現在できているのは医者の診断をサポートするレベルですが、将来はどうか……。もしかしたら、自分の命を機械や特定の企業に任せた方が“安心”と考える人がでてくるかもしれません。これは自動運転と同じ問題。テクノロジーの進化と並行して、「豊かな社会設計」をセットで考えるべきテーマなんです。

電子カルテについて

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鐘江康一郎 Koichiro Kanegae
クリニカル・プラットフォーム代表取締役

1995年一橋大学商学部卒後、ベイン&カンパニー入社、日本オラクル、GEを経て医療法人社団健育会 理事長室。Swedish Medical Center(Seattle)に勤務した後、聖路加国際病院に入職。経営企画室/QIセンターマネジャーを3年間務めた後、2014年4月から現職。University of Washington MHA(病院経営学修士)
著書:「ナースマネジャーのための問題解決術」(医学書院)
翻訳書:「エクセレント・ホスピタル」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

※このブログは「Future Society 22」によって運営されています。「Future Society 22」は、デジタル化の先にある「来るべき未来社会」を考えるイニシアチブであり、柴沼俊一/瀬川明秀を中心に活動しております。詳細は以下をご確認ください。
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